ドラマや舞台で活躍し続けている、藤田朋子さん。そのデビューはあのミュージカル『レ・ミゼラブル』でした。今も歌うライブも続けている藤田さん。これまでの俳優人生、そして2005年に結婚された夫のボタンアコーディオン奏者、桑山哲也さんとの幸せな生活ぶりまで、楽しいお話を聞かせてもらいました。
笑顔の愛らしさはそのままに大人になられた印象の藤田朋子さん。1988年のNHK朝の連続テレビ小説『ノンちゃんの夢』でのヒロイン役がデビューだと思っている方も多いかもしれません。
実は彼女のデビューはその前年の舞台。それもあのミュージカルの金字塔『レ・ミゼラブル』だったのです。
「当時、東宝がプロからアマチュアまで募る、大掛かりなオーディションをやったんです。日本中でミュージカルをやっている人たちが集まり、その間、小劇場の公演ができなかったと言われたほど。そのなかで、ずぶの素人の大学3年生だった私が、合格したんです! 本当に、もう、やりました〜っていう感じでした」
島田歌穂さんがエポニーヌを、岩崎宏美さんがファンテーヌを、斉藤由貴さんがコゼットを演じた舞台でした。
「私はその他大勢の一人。アンサンブルで歌うわけで、名前もない。自分で役名をつけるしかなかった。でもその後、私がやった役は『藤田朋子がやった役』としてチャンスがある役だと言われているそうです」初舞台が帝国劇場というのは、確かにすごいチャンスです。彼女自身は心の中でこう思っていたそう。
「ああ、受かってよかった。これで就職しなくて済む、と思っていました。親にしてみれば、帝劇とはいえ、隅っこでチョロチョロしているだけなんだから、就職してくれると思ったようですが」
高校時代から英語劇部にいた藤田さん自身も「OLになって仲間で集まって年1回舞台をやる」というような未来を想像していたそうです。
「でもその英語劇の先輩が『歌が上手いんだからミュージカルのオーディションを受けてみたら』と言ってくれていたんです。高2のときに、奈良橋陽子さんの英語塾に通っていたのも、今となれば大きな出会いでした。奈良橋さんが母に『Toko(藤田のニックネーム) has something』と言ってくださった。本当に運が良い人生ですよね」
『レ・ミゼラブル』に出演できたことは、その後の彼女の人生にやはり大きく影響していきました。
「朝ドラのヒロインに選ばれたのも、レミゼで選ばれていたことが影響していたようです。当時は、新人じゃないとダメで、でもまったくの素人はダメという、特別な基準があったので。朝ドラのオーディションは、公演中に斉藤由貴さんがくださったうさぎのアップリケがついた巾着をもっていきました。がんばってね、と応援してくれている由貴さんの想いをもっていきたかったんです」。