SMAPが歌って大ヒットした『夜空ノムコウ』の作曲者であり、自らもシンガーソングライターとして活躍を続ける川村結花さん。最新アルバム『ハレルヤ』には、人生の酸いも甘いも現在進行形という感じが漂う、人生や生活を表現する歌が並びます。記憶への旅には、様々な匂いがともにありました。
都内の閑静な住宅街。今回のインタビューは川村結花さんが日常、曲作りをされている自宅のピアノの前で行われました。
「北海道、関西、関東…と、ニューアルバムを中心にしたツアーをしていて、終わるまではなんとかしゃんとしていましたが、終わったらもうぐたーっと。 …そして3日ぐらい前からようやく人間に戻り始めたところです(笑)」
そんなふうに冗談をまじえたトークが楽しい結花さんは、大阪府出身。今回のアルバムの最初に入っている『カワムラ鉄工所』は、実際に大阪市旭区の下町にあった川村さんの父方のおじいさまが経営されていた工場を背景に、幼い頃の記憶への心の旅が描かれているような歌です。
「12時のベルとともに、祖父が2階にあがってくる。ちょうど祖母がご飯を炊いたところ。隣からコロッケの匂いもする。「ようきたね」と言って私の手を握ってくれる。…そういう景色。たまらなく帰りたいときがあるけど、今はもうない。誰にでもそんな景色があるのではないですか。
♫ 油の匂い おじいちゃんの匂い、っていう歌詞が出てくるんですけど。工場にもいろいろあって、材木屋さんは木の匂いがするし、鉄工所は鉄の匂い、油の匂いがする。時々、東京でもそんな町工場の多い場所へ行くと、匂いで心がトリップします」
一方で、もともと南船場の商家だった母方のおばあさまは伽羅を焚いたりされていたそう。
「私が幼い頃は、母方の祖母は大阪の東天下茶屋というところにいました。こちらでは古い香水の匂いや、伽羅のお香の香がしましたね。
今、伽羅のお香を焚いたら、精神的に弱くなっているときは泣いてしまうかもしれません。記憶の旅をさせてくれるのは間違いなく香り。勝手に香りをかいで泣いている人がいたら放っておいてあげないと(笑)。心の豊かな旅を邪魔する者の罪は重いですよ」。
川村さんは東京芸術大学でピアノを学んでいますが、上京してきたときの春の思い出も、香りとともにあると言います。
「上野の春の匂い。生暖かい空気のなかで埃っぽさもあって、その匂いをかぐと、希望と不安が入り混じった、あの頃のことを思い出します。新幹線が大阪から東京へ入ってきて、有楽町あたりが見えて、一気に東京っぽくなる感じとか。
春というのは、何歳になっても、人生の立ち位置を確認する時期なのかもしれません。自分を測るものはないけど、大丈夫かな、イケてんのかな、と」
50代に入った川村さんが月に1度のライブをやり始めたのも、そういう確認があったからかもしれません。
「月1度ライブをやろう。そして毎月、新曲を書こうと決めたんですね。9回やって、9曲できました。作ってみたら、もう惚れたはれたじゃなくて、生活の歌が多くなっていました。『かたづけよう ちゃんとしよう』という断捨離も歌もできました」
そんなある日、一本の電話が。
「佐橋佳幸さんとDr.kyOnさんのユニット“Darjeeling” のプロデュースで、GEAEG RECORDSという新しいレーベルからアルバムを出させていただけると。夢のような話でした。極上で純粋な音作りでした。おふたりに学ぶことは山ほどありましたね」
出来上がったアルバムは『ハレルヤ』と名付けられました。
「若い頃は『こうでないとダメ』とか、正しいか間違っているかはっきりさせないと許せない自分がいました。でも、それもあり、これもあり、なんでもありで、ちっちゃな幸せを見つけてハレルヤ、って思えたら幸せちゃうの、と。そういうつもりで、このタイトルをつけたのです」
1曲目の『カワムラ鉄工所』には、彼女のおばあさまが実際にくれたという、こんな言葉が入っています。「もうあかんということはこの世にはないんやで」と。
「祖母は戦争体験の後、工場が焼けたこともあったり。それに娘…つまり私の叔母が49歳のとき、亡くなったのです。『私は長く生き過ぎた』って泣いていました。そういう人だったから、脈絡なくぽんと言う言葉が妙に深かった。今も、どういう状況でその言葉を聞いたのか、よく思い出せないんです。でもなぜ、あのとき、祖母は私にその言葉をくれたんだろうと、どういう意味なんだろうと、考えて続けてしまうのです」。