「叫ぶ詩人の会」のボーカリストとして詩を叫んでいたドリアン助川さん。今は作家であり大学教授として、自ら執筆した小説を穏やかに朗読する人になりました。映画化された『あん』の原作は世界的ベストセラーになり、上梓したばかりの『確かなリスの不確かさ』も、幅広い世代に支持されて重版出来。さまざまな動物をモチーフにしながら哲学にまでたどり着くこの短編集のお話を中心に、「ドリアン」の香りにまつわるエピソードなど、楽しいお話を伺いました。
ドリアン助川さんの新刊『動物哲学物語 確かなリスの不確かさ』(集英社インターナショナル)は、それぞれの動物がそれぞれの環境のなかで必死に生きながら生について「もの思う」物語。「心は進化しないのですか」と問うアリクイ、「ボスになんかなるもんじゃない。なんでこんなに苦しいんだ」と呟くサル。…おそらく誰もが自分の人生で、このなかの動物と同じ自問自答をしただろうと思えてきます。
驚くのは、その動物たちの生態を助川さんが見ている視点の鋭さ。そしてそれを自然にまるでその動物になったかのように表現されていること。
「大袈裟に言えば、構想50年。子どもの頃から、生き物ばかり追いかけていたんです。うちは兵庫県の芦屋の団地でしたが、僕は部屋に20種類以上の生き物を集めていました。母がビビって入って来れなかったんです。蟻地獄を見たかったら蟻を捕まえて砂に入れておけば良いのですが、ミズカマキリは虫を食べるので、そのための餌を確保するのも大変でした。学校の勉強はほとんどしなかったので、中学高校まで、生物と社会以外、何もできなかったですよ」
生き物が好きだった助川少年はそれぞれの生態を見つめながら、成長していきました。その過程で、人生で一番いい香りにも出会いました。
「人生で一番胸がときめいた香りは、小学校の敷地内で見つけた花梨(かりん)の実の香りでしたね。人があんまり行かないような場所にあったんです。子どもって、木になっているものはなんでも口に入れてみたりするじゃないですか。美味しくはなかったけど、香りがね、夢見心地になってしまうんです。先生に聞いたら『それは食べられないよ。お酒につけたりするんだよ』と。それで家に持って帰って、しばらくその生き物だらけの部屋が、花梨の香りでいっぱいになっていました」
そのとき、助川さんは宮沢賢治の童話に出てくるこんな香りを重ねていたそうです。
「宮沢賢治の『やまなし』という短い童話がありまして。サワガニの親子が水の中で泡を吹きあっているんですが、やまなしの実が流れてきて、川のなかがものすごくいい香りで満たされるんです。そのイメージでしたね。人生最高の香りは、小学校のときに敷地の木にあった花梨の実の香りです」。
咄嗟に花梨の香りを思い出せる人はどれくらいいるでしょう。しかし、それはきっと甘やかで鼻腔だけでなく心も満たすような香りだったに違いありません。