富名哲也監督は釜山国際映画祭、ベルリン国際映画祭、ベネチア国際映画祭など各地で認められ、プロデューサーで妻の畠中美奈さんと共に映画を撮り続けています。
長編2作目となる『わたくしどもは。』は、小松菜奈さんと松田龍平さんの主演で、脇を固めるのも大竹しのぶさんら、錚々たる俳優陣。記憶も名前もない彷徨える魂たちの物語は、静謐で美しい画像で織りなされています。
2018ー2019年ベネチア国際映画祭が新鋭監督を支援するプロジェクトで、日本から唯一選ばれた富名哲也監督。長編2作目となる『わたくしどもは。』は、東京国際映画祭コンペティション部門にも公式出品されました。
佐渡島を舞台に撮影された『わたくしどもは。』は、まず小松菜奈さん、松田龍平さんがダブル主演という豪華なキャスティングが目を引きます。
「最初に二人を思い描いていたので、それが決まって本当に嬉しかったです。非現実的な話ですから、誰もが演じられるわけではない。小松さんには不思議な感じが漂っているし、松田さんは得体の知れない格好良さのある人。これは自分の生理的な感覚ですが、僕はあまり感情を大袈裟に表現しない方が好きで、映画のなかにその人たちがいた、というふうになってほしいと思うんです」
映画のなかにその人たちがいた。それはどういう意味なのでしょう。
「物語やキャラクターに依存しないということですね。スクリーンに二人の姿を映し出す、刻印することが今回の目的でした。そこにいる二人の姿を淡々と撮る。そういう無の状態を描きたかったんです。もちろん、作品はフィクションです。しかし、ウソのなかにも真実はある。そこを大事にしたかったんですね」
富名さんは、監督という存在すら無にしてしまうほど静かに撮影していったようです。
「主人公の二人には記憶も名前もない。それは記憶のない人間を描きたかったのではなくて、二人のそのままの姿を描くための一つの手段だったんです。記憶がないから過去の習性を出さなくて済むし、記憶を辿って物語るということもない。そこにあるそのままの二人を描くための挑戦でした。そこを貫きたくて」
記憶も名前もないまま、惹かれあっていく二人。舞台の佐渡島は、新緑の香りと潮の香りが入り混じる季節は、本当に時間が止まっているような気配です。
「最近、映像を早送りで見るという人も多いのだそうですが、そういう人たちには耐えられないんじゃないかと思うほど、ゆっくりしたスピードに挑戦させてもらいました。キメキメのコンテ通りではなく、ある種、ドキュメントのように撮っていました。今、風がいいとか、光がいいとか。録音やカメラのスタッフに『こんなの普通じゃないからね』と言われながら(苦笑)。役者さんもさぞかし困惑したと思います」
舞台挨拶で小松菜奈さんは富名監督を評して「ピュアで少年のような人」と表現されたそうです。
「小松さんの演伎の素晴らしさに、撮影中、無意識にどんどん近くへ寄ってしまって『OKすぎる』と言ってしまったことがありました(笑)」。