長編映画の監督2作目にしてサン・セバスティアン国際映画祭、サンフランシスコ国際映画祭など世界の権威ある映画祭で入選・受賞をさらった近浦啓監督。7月12日から日本でもロードショーが始まるその映画『大いなる不在』は、藤竜也さん、森山未來さんの父と子が長い時を経て再びめぐり会い、父の人生の謎を紐解いていくというドキドキするドラマ。サスペンスであり、ヒューマンドラマでもあり、と、さまざまな側面をもつこの映画がどんなふうに作られていったのか。近浦監督の眼差しの奥にあるものを追いました。
近浦啓さん初監督作品の『コンプリシティ/優しい共犯』に続き、長編第二作目となった『大いなる不在』。
この映画は第48回トロント国際映画祭プラットフォーム・コンペティション部門でワールドプレミアを飾り、第71回サン・セバスティアン国際映画祭では、コンペティション部門オフィシャルセレクションに選出。その映画祭で、主人公・遠山卓の父・陽二役の藤竜也さんは日本人初となる最優秀俳優賞を受賞しました。
藤竜也さん演じる遠山陽二は、30年前、妻と息子の卓(たかし)を捨て、昔から好きだった女性・直美のもとへ出奔。役者をしている卓は、5年前、25年ぶりに自分から連絡をして会いに行った。しかし、今度は陽二が警察に捕まったという連絡が入る。物語は、警察に捕まえられる陽二の姿から始まります。
実はその段階で、陽二は認知症が進んでいたのです。
そこからまた、長いこと居なかった父、陽二と関わりが増えていく卓。その過程で、陽二と直美の関係性を見つめることにもなります。
シンプルな物語のようで、登場人物たちひとりひとりの気持ちが濃やかに描かれていきます。
まるでドキュメンタリーを見ているように自然で、一瞬も目を離せません。見終わったときには、人生の深みを一緒に歩いて、でも岸辺にたどり着いたような穏やかな気持ちが湧いてきます。
2022年3月に1か月間で撮影されたというこの映画の構想を、近浦監督は、2020年からあたためていました。
「2020年1月に1作目の『コンプリシティ/優しい共犯』が日本で劇場公開されましたが、その時すでに2作目の脚本は出来ていました。ところが、直後に新型コロナウイルス感染症のパンデミックが起きました。また、それとほぼ同時に北九州にいる父が急に認知症になってしまいました。父の面会などのために、月に一度、新幹線で5〜6時間かけて東京と北九州を行き来する生活が始まりました。社会がこれだけ変容し、身近な存在である父親の状況も信じられないくらい変わっていく中で、もともと準備していた物語に対して僕自身の臨場感が薄れてきました。そこで、今の社会、そして自分自身に共鳴する全く新しい物語を書こう、と決めました」
そこで浮かび上がってきたテーマがありました。
「そこで浮かび上がってきたのが”不在”というキーワードでした。街に人がいない、マスクによって口元の表情がなくなる。今まであったはずのものが「ない」。その不在の輪郭を丁寧になぞっていくことで逆に、存在するものの感触をつかめるのではないかという思いがありました」
もちろん、この物語はフィクションですが、時間をかけて父親を訪ねていく息子の心情など、何か通じるものはあったのかもしれません。
そして役柄があまりにも、森山さん、藤さんにぴたりと当てはまっています。
「脚本を書いてから正式にお二人に依頼したのですが、書いている時にはすでに二人のイメージを持っていました。藤さんとは、1作目も一緒につくりましたし。森山さんに対しては、2012年に舞台『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』を観に行って、強烈な印象があり「いつかこの俳優と一緒に作品を作りたい」と思いました。日本の映画好きな人から見たら、この二人が同じフレームで対峙するだけでどきっとするのではないかと」