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今かぐわしき人々 第218回
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    第218回:井上尚子さん(アーティスト)

    更新日:2024.8.19

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ひとりひとりが宿している記憶が作品。
匂いや香りと記憶を思い起こすことは自分を見つめる時間につながる。

 香りと記憶は密接に結びついています。しかしそれを香水以外のアートにしようとした人は、なかなかいないのではないでしょうか。
 井上尚子さんは、匂いと記憶をアートにするべく、さまざまな試みをしているアーティスト。油絵からスタートした美大生だった彼女が、なぜ匂いに行き着いたのか。それは美術界で匂いをアートとして認めてもらうまでの道なき道でした。

《1》平面よりも空間をアートにすることにひかれて

 今年2月、国際芸術センター青森[ACAC]と弘前大学共催で開催された『Life is smell〜素数の森〜』。昨年、青森県の文化や風土を調査し、昨秋にワークショップを開催した井上尚子さん。参加者は「人生の中で印象的な思い出とそれにまつわる匂い」について語り合いました。この時に収集した匂いの素材を用いて、今年2月、国際芸術センター青森[ACAC]と弘前大学共催で「Life is Smell〜素数の森〜」を開催し、ガラス瓶に入った植物や「祖母のタオル」、「おばあちゃんの家のみかん」、「青春を彩る香水」などが作品として空間を彩りました。

井上尚子さん

 井上さんはこういった展覧会を、ニューヨークやドイツなど、世界中で開催しています。しかし、香り、匂いがアートとして認められるまでにはとても長い道のりがありました。

 もともと、女子美大に油絵で入学した井上さん。

「学部2年までは油絵学科で、3年生から版画専攻に移行したんです。が、インスタレーション、空間作品をつくりたくなったんですね。なぜそう思ったかというと、版画の概念って、写し取られる版元があり、それを増刷して、作品が受け継がれ、伝承されていく。でも、時間軸によって絶対に同じものはつくれないんです。流通も情報も、最初にあるものがメディアを通して世の中に広まり、文化が作られていきますが、厳密にはそれは最初にあったものとは違う。だけど、私たちはその情報の処理の仕方に騙されてしまうんですね。大学時代、私はそこまで言語化できなかったんだけれど、なんとなく『人間は大事なものを失っていくんじゃないか』という予兆を感じていたんです。その現象そのものを作品にしたいと思ったんですね」

 そこで、彼女はインタスレーションと出会いました。

「日本にはまだインスタレーションはなかった時代です。20歳のとき、たまたま1ドル78円という円高で、ロンドン、ローマ、パリを旅行できたんです。当時の目的は教科書に載っているような西洋美術史の歴史絵画や彫刻を見にいくことでしたが、その時、たまたまパリのエコール・デ・ボザール(国立芸術大学)の卒業展を観ることができたんです。その当時で、既に卒業制作はメディアアート、コンテンポラリーアート作品が目白押しで、映像作品では、ブラウン管やケーブルを空間構成した体感型作品がメインでした。衝撃を受けました。自分がやりたい表現はこれだと、合致したんです」

 帰国してそれを版画研究室の教授陣に伝えにいくと、返ってきたのは戸惑いの表情でした。

「研究室に行って、それを言ったら『インスタレーションを制作したいなんて、10年早い』と言われました。私は真面目な学生だったので、インスタレーションを作る理由を熱心に教授陣に説明して、版画専攻の課題もしっかりこなしながら、放課後の時間は作品研究に費やしました」

 井上さんが版画専攻で所属していたのは銅版画。しかし、空間構成作品のためには、いろんな金属の素材などを研究する必要がありました。

「空間作品を制作したくても、自分の技術力のなさとのジレンマがありました。技術が伴わないから自分がイメージする表現に到達できず、スランプに陥ったんです。金属の種類や素材の性質や加工の方法など、芸術学科の工芸担当の教授と助手さんから多くを学び、学部3年生から修士2年生まで、鉄、アルミ、真鍮などの素材で空間作品の制作に熱中しました」

 そこで現れてきた問題は、1995年頃の女子美術大学の版画専攻では、コンテンポラリーアート作品を評価するのが難しかったことでした。

「当時、東京藝術大学には、既に版画制作からコンテンポラリーアートやインスタレーション作品を制作している教授(作家)がいたんです。女子美術大学の教授は東京藝術大学の卒業生が多く、お世話になった教授もそうでした。たまたま版画制作から空間作品に移行した教授が東京藝術大学にいたので、女子美の担当教授がその教授に繋いでくれて、4年生の1年間は空間作品を制作しては、ポートフォリオにまとめて、東京藝術大学の研究室に持参して講評してもらっていました。そして、女子美術大学の版画専攻の講評会では、東京藝大の講評内容を担当教授に伝えて、制作を継続していました」

 大学院は藝大に行きたいとも考えた井上さんでしたが、最終的に女子美術大学の大学院美術研究科版画専攻に残りました。

「大学院の版画専攻の4人の枠に入りました。でも空間制作をするなら井上にデスクはいらないよね、となって。学校の倉庫を2年間、使わせてもらいました。鉄を溶接した立体作品や、アルミを加工した作品など大型作品を保管させてもらいました」

 しかしそこから、井上さんはどうして「匂い」をテーマにすることになったのでしょうか。

井上尚子さん

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