
歌舞伎の中村屋一門を率いる中村勘九郎、中村七之助兄弟。ふたりが全国に歌舞伎の魅力を広めようと志す『春暁歌舞伎特別公演』が、2026年3月に11ヶ所で開催される。2005年に兄弟2人で始めたこの全国巡業公演は、かつて十八世中村勘三郎との親子会での経験も活かしつつ、多くの方に歌舞伎を楽しんでもらおうという想いで、全国を巡っている。革新的な演出を加えつつ、伝統を大事にしてきた中村屋の脈々と伝わる想いを、七之助さんに聴いた。
歌舞伎で中村屋一門といえば、日本にとどまらず、ニューヨークやベルリンといった海外でも開催する平成中村座など、津々浦々で歌舞伎を広めてきた。
亡くなった十八世中村勘三郎は、襲名披露巡業でも、全国の古き良き芝居小屋を回った。少しでもたくさんのお客様に伝えようというその熱い想いは、息子たちの中村勘九郎、中村七之助にも受け継がれているようだ。
中村七之助さんは、各地に建てる平成中村座に独特の匂いを感じるという。
「平成中村座には懐かしい匂い、があるんですよ。稽古の初日に建物に入ると、ああ、中村座の匂いだなと言うのがあるんです。倉庫に眠っていた木の匂いなのかもしれませんが。もちろん、いろいろと改良してバージョンアップしているんですが、基礎となる部分は、つくった当初のままなんです。それをまた違う土地に建て直すんです。我々みんなの汗と涙とお客様のいろいろな思いが詰まっているので、匂いがするという感覚になっているのかもしれません」
最近では、2023年に姫路城の前に建てた平成中村座が印象深いという。
「姫路城での公演は父が生きているときには実現しなかったんです。演目の最後に舞台の後ろが開くと、白鷺城の全景が見えるという迫力ある景観で。とても美しかったんです」
場所だけではなく、香りは衣装にも染み込んでいる。
「中村屋にとってとても大事な演目の一つに『平家女護島 俊寛』があります。祖父が生前一番最後に演じた演目で、代々、引き継がれています。鹿児島県の三島村にある硫黄島というところが、実際に歴史上、俊寛僧都が島に取り残されたと言われている場所の一つなんですが、そこの砂浜に舞台をつくって、船を仕立てて、俊寛の演目を行ったことがあります。ここで父も兄も俊寛僧都の役を演じました。その舞台で島に流された人たちが『全員揃わないと島から出ない』と一致団結して、円陣を組む場面があるんです。座りながらすごく密着する。そうすると、衣装の匂いだとか、そういうものがすごく香ってくるんです」
演じる人の匂い、衣装を守るために入れた香の匂いなどが入り混じっているその香り。
「その衣装の袖を香って父は祖父の匂いがするといい、兄は父の匂いがすると言っていました。そしてその懐かしい香りがパワーになると。視覚や味覚は、それを思い出すときには衰えているけれど、嗅覚だけはどんどん記憶に強く蘇ると聞いたことがあります。いい香りはさらにいい思い出に変換されて蘇るような気がするんですよ」。
