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今かぐわしき人々 第79回
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    第79回:松平健さん(俳優)

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1976年ドラマ『人間の條件』(フジテレビ)以来、12シリーズ24年間のロングランとなったドラマや舞台でも演じる『暴れん坊将軍』(テレビ朝日)など、常に「主演の人」というイメージのある松平健さん。その風格のある物静かな佇まいと、『マツケンサンバ』で見せた華やかさまで、ご自身のこれまでと俳優としてのあり方を語っていただきました。

《1》映画『太平洋ひとりぼっち』に勇気をもらって

 愛知県豊橋の生まれ。子どもの頃は、サッカーや水泳が好きなスポーツ少年だったという松平健さん。

「運動が好きでしたね。両親は明治生まれですよ。私は母が42歳のときの子どもです。長女とは20歳違いますから。主に戦後生まれの3人と生活をしてきたイメージですね」

 時代の流れで、父親は軍人でした。

「父親は厳しく酒も飲みましたね。母親は岐阜県の山奥の出身で、辛抱強い人でした。朝ドラの『おしん』みたいな人だった。よく夫婦喧嘩もしていましたが、母親の辛抱強さを見ながら育ったかな」

 でも、その後、運命を決めるとも言える「映画」というものに出会えたのは、父親のおかげだったと言います。

「豊橋に日活の映画館がありましてね。父親は大工だったのですが、その映画館の社長の家を建てたという流れがあって、映画館の無料券をもらってきてくれたのです。当時の日活は石原裕次郎さん、小林旭さん、渡哲也さんというスターが輝いていた時代です。私は渡さんのファンでしたが、石原さんの『太平洋ひとりぼっち』という作品に心を動かされましてね。男は一人で冒険するものだと。意を決して、上京し、石原裕次郎さんの家を訪ねて、役者になりたいと言ったのです」。

 そこで会社に電話をして下さいと言われ、事務所の電話番号を調べて電話したものの「今は募集はない」とのつれない返事。そこで、俳優の養成所に入り、劇団フジに4年間、籍を置くことになったのでした。

 しかし芸事の神様は、松平さんにふさわしい道を用意していたのです。

松平健さん

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