千葉の里山に広大な農地を開いたのは、加藤登紀子さんの夫で持続型有機農法を提唱していた故・藤本敏夫さん。娘のYaeさんはその「鴨川自然王国」を夫と引き継ぎ、3人の子どもを育てながら、農業と歌手業を続けています。都心から2時間、夏の鴨川にYaeさんを訪ねました。
大山千枚田という観光名所でもある棚田からさらに山を分け入ること15分。鴨川自然王国の看板がありました。まずはもともと、Yaeさんの父、藤本敏夫さんが住んでいた家をカフェにした場所へ。
「このあたりはもともと、幕府直轄の軍馬を育てていたところだそうです。今も軍馬の競市があった馬捕り場跡が残っています。その時代からの水源があるのです」
Yaeさんが汲んできてくれた湧き水は冷たくて雑味がまったくなく、するすると喉をすべっていきました。
「生活も農業も湧き水ですべてまかなっています。この家は北斜面に建っているので、台風のときも風が来ない。井山武司さんという建築家が設計してくれたパッシブソーラーハウスで、太陽光発電できるようになっています。2002年に父が亡くなったあと、2009年耐震構造にしました。そして、記念館を兼ねたカフェを始めました。農業にふれてもらう時間と空間を提供できる場所になるといいな、と」
子どもの頃、Yaeさんは父親に連れられて初めてここへやってきました。
「母は車の運転もできないのでここにはずっとは住めないと、都心の家にほとんどいました。私はそこで育ったので、子どもの頃から自然への憧れがあったようでした。学校の校庭はアーバンコートで、土踏まずのない子どもが多かったし、スモッグもすごかったし、アレルギーもありました。新宿御苑や明治神宮の森へ行くと、ここで遭難してみたいと思った(笑)。本当にどんどん歩いていったら、車道に出てがっかりしました。父に『田舎がほしいか』と聞かれたときは『ほしい!』と即答していました」
鴨川に初めてやってきたYaeさんは、犬と一緒に本当に山の上まで登ってしまったこともあったそう。
「でも父と農業について語り合ったことはなかったですね。だからまさか、自分がここに住んで農業をするようになるとは思ってもみませんでした」
今は農業に従事する夫と結婚し、3人の子どもを育てつつ、忙しい日々を送ります。
「上の二人は中学生。一番下も小学校に上がりました。走り回って遊んでいて、身体のどこかにこの自然のなかでの暮らしが残っていくのだろうなと思います」。