世界で唯一の肩書き、ヴィジュアリストを名乗る手塚眞さん。「新人類」と呼ばれた20代の頃から、父親の治虫さんの原作『ばるぼら』を映画にした今に至るまで、一貫する仕事の仕方について、2021年の抱負について、静かに語っていただきました。
手塚治虫さん原作の漫画『ばるぼら』は、1973年から74年にかけて大人向け男性漫画誌で連載されていました。
主人公は耽美派の作家・美倉洋介。新宿のガード下でアルコール依存症の「ばるぼら」と名乗る娘と出会い、マンションへ連れ帰ります。
彼女は美倉の「ミューズ」となり、彼は翻弄されながらも創作意欲は異常なまでに鼓舞されるのでした。…
この映像化は極めて難しいだろうと言われた漫画を手にとったのは、手塚治虫さんの実子である手塚眞さん、その人でした。
怪しく蠱惑的な世界へと引き込まれていく美倉を演じるのが稲垣吾郎さん。そして「ばるぼら」に二階堂ふみさんというW主演で実写版映画となったのです。
紳士的で穏やかな表情の手塚眞さんと、今回のデカダンス味あふれる映画とのギャップに、筆者はちょっとくらくら。実はこのインタビューの直前に朝の新宿で映画を観たのでした。
朝の時間帯にもかかわらず、映画館にはオトナの女性がたくさん。
それを報告すると、手塚さんはにっこり。
「稲垣吾郎さんのファンの女性たちが『今日は昼ぼらしてきた』『私は今日は夜ぼら』などと、何回も見てくださっているようなのです」
それにしても、稲垣吾郎さんもヌードの多い、しかもばるぼらに狂気的に溺れていく作家の役を引き受けるのには勇気がいったかもしれません。
「ちょうど4年前くらいにオファーさせてもらったんですが、環境が変わって落ち着いた後にやっていただくことになって、待ちました。インディーズ映画は、何年か待つのは当たり前なんですよ」
公開前のインタビューで、稲垣さんも二階堂さんも「どんな作品になるのか、出来上がったときになるほどと思った」というようなことを語っておられたのが印象的。
確かにクリストファー・ドイル撮影監督と手塚監督が作り上げた一瞬一瞬の絵は、どこを切り取っても写真になるのではないかと思えるほどビビッドです。
「映画のすべてを把握しているのは監督だけですから。僕の頭のなかではイメージは出来上がっているので、それを具体化していく。やりたいことははっきりしています。その上で、俳優やスタッフにいろんなアイデアをもってきてもらい、それを取り込んでまとめていきます。映画監督というのはオーケストラの指揮者のようなものですね」
映画が撮影されたタイミングは奇しくも手塚塚治虫さんの生誕90周年の年になりました。
「最初から決まっていたかのようにそうなりましたね。僕は肉親の作品とか他人の作品とかとりたてて意識せず、客観的に見ていますけれども。そしてタイミングを待ったことで、自分の周りのことを足元から見直すことができました。そこに何か見つかるんじゃないかという気がしたのです」
手塚さんの友人の評論家はこの作品を「ポジティブな暗さがある」と表現されたそうです。
「人間が堕ちていく様はけっして明るくはないはずなんだけれどね」。