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第10話 『優勝記念イカ焼きデラバン』
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  • 第10話 本日のお客様への料理『優勝記念イカ焼きデラバン』

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 冷房が冷えすぎた。幸は誰もいない店の設定温度を変えた。
 昨日までは結構満席だったのに、突然の閑古鳥だ。
 今日は仕方がない、とは思っていた。祭りは甲子園で行われていて、ここは横浜なのだ。
 冷蔵庫を開ける。
 今日使いたい食材もあった。
 いか、たこ。
 さっき、ユニオンで今年初めて見た松茸は買わなくてよかった。
 幸は白いギャルソンエプロンの紐を締め直し、小さな腰掛けに座って、ポケットからスマホを取り出した。

「大山の犠牲フライで近本が帰って1点。佐藤がツーランで2点。6回を終わって3−0です」

 大阪のヒトミからだった。そういえば今朝「甲子園、行ってきます。今日は決戦です」というLINEが来ていた。今度はFacebookのメッセンジャーに入っていた。
 今夜、阪神が巨人に勝てば甲子園で優勝を決められるのだ。明日からは広島遠征らしく、今日決めなければ地元ファンはその瞬間を画面で見るしか無くなってしまう。
 幸はそんなに野球が好きというわけではないが、もはや阪神を応援するというのは大阪人としてDNAに入ってしまっているのだろう。決戦、という言葉にドキドキした。
 それに北新地の店をやっていた頃、テレビ局や新聞社の人に連れられて阪神の選手も来たことがある。行きつけの店、というわけではなかったが。

「そら、今日決めなあかんわな」

 ふと、大阪弁でひとりごちた。

 店でテレビは見ないことにしていた。が、気になってきた。
 すると、ヒトミから続々途中経過が入ってきた。

「7回、岡本にソロ打たれ、3-1」

「近本のセカンドゴロを中山がエラーで4点目!」

「8回、才木に変わって岩貞。あー。1点入れられた」

「ピッチャー石井に交代」

「石井はワンポイントリリーフで蝶野をサードゴロに打ち取り、
ピッチャーは島本に。ワンアウト2塁」

「島本対丸、やったー三振!
8回裏の阪神の攻撃です」

「ジャイアンツはピッチャー菊池、森下は
際どいセカンドゴロでワンアウト。
さあ大山!
ああ、見逃し三振。
佐藤、打って!」

「打ったー!!ヒット♪」

「ノイジー、ライトフライでチェンジ。
9回!!ピッチャー岩崎。栄光の架橋、大合唱💗」

「岡本セカンドフライでワンアウト。
坂本ホームラン。。。1点。
簡単に勝たせてもらえない。
あー二塁打」

「中野セカンドよく捕った!!2アウト、
あとひとつ!」

「やったーやったー
アレ☆
18年ぶりのアレ☆や〜」

 岡田監督が「アレ」と言い続けた優勝が決まったようだった。

「よっしゃ」

 幸はつぶやいて、スマホを閉じた。

🥂Glass 1

 お客はまだ来なかった。この辺りは横浜ベイスターズの本拠地だ。阪神ファンが集まる拠点もどこかにあるのだろうが、この店には来ないだろう。
 一人で祝杯をあげることにした。
 このところ高騰しているが、ええい、やっぱりシャンパンだ。
 赤いタスキのかかったピンクのボトルを手に取る。
 マム グラン コルドン ロゼ。
 それでも一瞬、ボトルをじっと見つめる。いや、開けちゃおう。

 「ひとりですが、いいですか」

 低く通る声がして、幸はびっくりした。シャンパンがしゃべったのではなかった。お客さんが来たのだった。

「い、いらっしゃいませ。どうぞ、お好きなところへ」

「じゃ、失礼して」

 男は一番端に座った。

「遠慮なさらずに、真ん中へ。今日は誰もいませんから」

「では」

 男は短髪小太りで、丸顔の中にクリっとした目を瞬かせると、愛嬌があった。開襟の半袖のシャツが、五部袖のように見える。つまり、短くて太い腕が、しきりと首の汗をハンカチで拭っていた。
 やがて飲み物を聞く前に、自分から話し出した。

「えっと、マダムは、大阪の人って聞いたんですけど」

「もともとは」

「やったー。よかったー。いやー。もう今日はね、大阪弁で喋りたくてね。よろし?」

 入って来た時とは別人のような大阪弁になっていた。

「いやーもうね、僕、食品会社の営業で単身赴任でこっち来てるんですけど、仕事でずっと標準語喋らなかあんのでね。隠すのん、きつーてきつーて。おーん」

 幸はクスッと笑って、言った。

「ここは大丈夫ですよ。そんなん隠さんでよろしいやん。なんで大阪弁があきませんの」

 そして、シャンパンを開けて、二つのグラスにつぐと、一つを差し出した。

「優勝祝いです。乾杯」

「おーん。嬉しいなあ」

 カチリ、とグラスが重なる音がした。

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