フレグラボ|日本香堂

人と香りをつなぐwebマガジン

Fraglab
  1. HOME
  2. ヒトサラカオル食堂
  3. 第10話 本日のお客様への料理『優勝記念イカ焼きデラバン』
    1. 小説
  • 第10話 本日のお客様への料理『優勝記念イカ焼きデラバン』

    1. シェア
    2. LINEで送る

🥂Glass 2

 男は語り出した。

「いや、初めはね、しゃべってたんですよ、大阪弁。でも嫌な顔しはるお客さんがいてね。訛ってますね、とか。東北の人も九州の人もみんな方言を直すのに、大阪の人だけ直さないのはなぜですか、とか言われて。なぜですか、って知るかー。そのうちね『大阪の人はすぐ値切るんでしょう?じゃあうちも値切ろうかな』とかね。ほんま腹立つ!」

 放っておいても一人で喋っていた。体の中に溜めていた大阪弁があふれ出てくるようだった。

「優勝かあ。18年前なあ。2005年かあ。マダムはなにしてました?」

 幸は2005年を振り返った。もう上京していた。赤坂に店を出していた頃だった。

「赤坂でね、バーやってました。焼きそばも出すバー。焼きそバー、言うてね」

「ええな。行きたかったな。オレは大阪にいてました。95年入社やから10年目か。上の子が幼稚園入った頃かな。お受験するとかせえへんとかいうてね。うちは私学行かすような給料でもないのに。向こうのおかんがうるそうて。嫁はんと二個一やからね。まあ、そやから多少援助してもろとるんやけども」

 大阪にはありがちな、妻が実家とまだ密接で、時々、夫は肩身が狭い思いがするというパターンなのだろう。確かに経済的援助もあるだろうけれど、夫は「一番の家族はこっちではないのか」と思うこともある。

 幸はシャンパンをひと口飲んで、頷いた。

「割り切りはったらよろしいやん。そやけど、あっちもこっちも、気ぃつかいますねえ」

 男の目が嬉しそうにカモメの形になった。

「そやねん!割り切って、おおきに、ありがとうございます、って言うてたらええねんけど。貰いっぱなしもいかんし。気ぃつかうんですわ」

 そして今度は、大袈裟に肩を落とした。

「ほんで単身赴任で楽になるわ〜と思ったら、大阪弁いじめやろ」

 幸は男の感情の上げ下げに笑いながら、言った。

「奥さん、きれいな人でしょ。ね、おしゃれで。お客さん、シャツ、おしゃれやもん」  ちょっとおだててみた。すると、男はまた大袈裟に手を振った。

「いやいやもう、ブサイクブサイク」

 それは関西人独特の謙遜だった。大事な人を他人にけなされたくないとき、先に予防線を張るのであった。

  1. 2/3

最新記事

  • スペシャル・インタビュー 第215回:結城貴史さん
  • スペシャル・インタビュー 第214回:武内陶子さん
  • 愛読者様ご招待イベント 鎌倉・鬼頭天薫堂で「香木を聞く、味わう」
  • スペシャル・インタビュー 第213回:鶴田真由さん
  • スペシャル・インタビュー 第212回:近浦啓さん
  • ヨガとマントラと、お香が漂う空間を愛して

スペシャルムービー

  • 花風PLATINA
    Blue Rose
    (ブルーローズ)

  • 日本香堂公式
    お香の楽しみ方

  • 日本香堂公式
    製品へのこだわり

フレグラボ公式Xを
フォローする