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第12話 『クリスマスのローストチキン』
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 幸は寒くなっても朝は少し散歩する。
 山手へ行くこともあれば、海岸通りを税関あたりまで歩くこともある。
 今年は銀杏も遅れて黄色くなった。寒風吹き荒ぶ、というほどのことはない。
 モヘアのミルク色のベレー帽を深くかぶり、卵色のカシミアのストールを巻きつけると、ちょうどよかった。

 海は少しずつ季節を足していく。輝く青から、しっとりした紺色へ。寄せて返す港の壁に白いレースの縁取りを際立たせて。
 朝の海岸通りから山下公園あたりはイヌの散歩をする人たちが行き交う。
 それを見ていると、幸はやや自分が手持ち無沙汰だと思えてくる。
 ふとベンチを見ると、ワインレッドのベレー帽にローゲージのタートルネック、軍もののような着古したコートを着た男が、チョコレート色のトイプードルと一緒にベンチにいた。

「あ、セルジュさん」

「やあ、幸さん」

「シャルロットとお散歩ですか」

 セルジュのトイプーがシャルロットという名前だというのを、幸は店で本人に聴いて覚えていた。セルジュ・ゲンスブールの娘はシャルロットだ。

「あ、嬉しいねえ。シャルロット、覚えていただいてよかったね」

 照れ屋の人は、相手に言うセリフをペットに言うものだ。
 幸は微笑んで、ベンチを指さした。

「ちょっと隣に座ってもいいですか」

「どうぞ。喜んで」

 幸はちょうどセルジュに聞きたいことがあったのだった。

「セルジュさん、あの、つかぬことを伺いますけれど」

「はい」

「大城さん、って、どんな人ですか」

「オオシロ? あいつ何かやらかした?」

「いや、そうじゃなくて。彼のことを、気にしてる女の子がいて」

「ほう。やるね、あいつ… で、幸さんはあいつ、どういう男だと思う?」

 幸は突然質問を返されて、え、とおでこに皺を寄せたが、シャルロットに話しかけるように答えた。

「そうですねえ。一見、俺についてこい、っていうふうに見えるけど、案外甘えん坊で優柔不断、かな」

 シャルロットはセルジュの膝に飛び乗った。彼はその金麦色の毛並みを撫でながら、笑った。

「あっはっは。幸さん。さすがだ。その通りだよ」

「25日の月曜日にうちの店でクリスマスパーティーをやるんですけれど、セルジュさんも来てくださいます?」

「もちろん」

「ありがとうございます」

 幸はお礼を言って、立ち上がった。

「お待ちしています」

 セルジュはシャルロットを顔の横まで掲げ、手を振らせた。

「オボワ、マダム。凛花ちゃんによろしく」

「あ」

 セルジュは大城のことを気にしている女の子というのが凛花だとわかっていたのだった。

「セルジュさん、さすがです」

 幸はにっこり笑って、丁寧にお辞儀した。

🥂Glass 1

 11月も早く過ぎたが、12月に入るともっと早かった。
 横浜・元町のクリスマスはゲートの上にフェニックスのイルミネーションが銀色に煌めき、その傍に古いビルの2階くらいまでの高さのツリーがそびえる。
 幸はタカラダでシャンパン・グラスを買い足し、精肉店に注文しておいた3羽の丸鶏をピックアップした。
 店では、丸鶏を焼くのを手伝うと言って、凛花が待っていた。ギャルソンエプロンをする前に、トイレの掃除をしたという。

「えーっ、ありがとう」

 幸は驚いた。いつの間に凛花はそんなに気のつく女性になったのだろう。思えば今年の初めに失恋してやってきたときは、山手の跳ねっ返りお嬢さんというイメージだった。この頃は少し頬の肉もそげ、髪を束ねて年相応の女性らしい雰囲気になった。サービスの腕も格段に上達している。
 掃除が済んだというトイレを見にいくと、ふつうのラタンのリードにもみの木を象ったものも挿してある、ディフューザーが置いてあった。ベリーとカシス、バニラに少し花の香りもするようななんとも言えない良い香りがする。

「ESTEBANだ… これ、上等だよね。買ってきてくれたの? おいくらだった?」

 幸が財布を探そうとすると、凛花はその手を押し止めた。

「私からお店への、クリスマスプレゼントです。1年、本当にお世話になったから」

 照れ臭そうに幸の目を見ずに、凛花はこくん、とお辞儀をした。

「凛花ちゃん、ありがとうございます。こちらこそ、本当にお世話になりました」

 幸は凛花に丁寧にお辞儀した。凛花はそれを見て、あっ、と言った。

「ママ、そのお辞儀。そのお辞儀、私、できるようになりたいんです。来年は」

「今日からできるわよ」

 幸は笑って、鶏を調理台に置いた。

「作り方、しっかり教えるね。…その前に、カシス・ティーでも飲もう」

 耐熱のガラスのティーカップに、赤いお茶がゆるく湯気をまとって注がれた。

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