幸は悩んでいた。
答えの出にくい、見方によってはしょうむない悩みだった。
それは、50代の独身の女性が若い人の結婚パーティーに招かれて、一体どんな格好をすればいいのかということだった。
大城と凛花は6月の終わりに結婚する。ジューンブライドなどという、英国の風習に倣ったようだが、日本は梅雨だ。だいたい、その日、大雨でも降ったらどうするんだろう。
まず和服はないだろう。幸は若い頃の商売柄、和服を着ると妙に玄人っぽくなってしまう。結婚パーティーでちょっと悪目立ちしそうだ。それに、絽の和服などさらに色気が出過ぎる。
とはいえ、パーティーで着られるようなドレスももはや持ってはいなかった。
そんなことを考えながら、元町を歩いていると、布地が積まれた店を見つけた。
テーラーメイドの店だった。
「いらっしゃいませ」
白髪の髪をシニョンにまとめた姿勢の良いマダムの言葉に誘われ、事情を話すと、シンプルなミモレ丈のワンピースを作っておけばどうかと勧められた。
「お袖は肘あたりまでにしておくのがよろしいかと。黒だと冠婚葬祭に使えますが…。結婚パーティーに黒で行くのはあまりお勧めしたくないです」
それは、幸も同じ気持ちだった。何歳であっても、華を添える心持ちがお祝いの心のように思えた。
「薄いブルー、たまご色、グレー、ネイビー。ちょっと布を当ててみましょうか」
言われるがままに、布地が幸の肩にかけられた。昔、似合うと思っていたベージュやたまご色の布をかけると、肌色がくすんで見えた。目の光までなくなるような気がする。似合わない色ほど怖いものはない。
「似合う色って変わっていくんですね。このネイビーは、意外に華やかかも」
幸が手に取ったのは、花紺と言えるような、青みがかった紺色だった。それはまるで、ある穏やかな日の暮れなずんだ海のような。
素材は麻と綿、化繊の混紡で、微かな張りと光沢、しなやかさを併せ持っていた。
「素敵。お似合いです。自分を知ってらっしゃいますね」
痩せたマダムの顔のほうれい線が美しく広がった。
襟元は丸く詰めてもらおう。
「アクセサリーはパールかしら」
「いえ、大きなカメオのブローチをしようと思っています」
幸は、20代の頃にお世話になった店のママにもらった大きなカメオのブローチをしたいと思っていた。
「それはさらに素敵。つけていらっしゃるところを見たいわ」
マダムは目を見開き、首にかけていたメジャーを幸の体に回した。
結婚パーティーの前夜、凛花が顔を覗かせた。
「あら、凛花ちゃん。花嫁は早く寝ないと」
「なんか落ち着かなくて」
まさに落ち着かない顔をしている。彼女の興奮を鎮めるべく、幸はカモミールを沈めた水を勧めた。
「カモミールの香り、水に移っているから」
「ありがとうございます」
ひと口飲むと、小さな白い花びらが凛花の唇に残った。
「ああ、いい香り」
「準備は万端ですか」
幸が尋ねると、凛花は小さく、あ、と言った。
「そう、あのね、サムシング フォー、ってあるじゃないですか。something old、something new、something borrow、something blue。古いものは、おばあちゃんの真珠のネックレス、新しいものは白いパンプス、借りるものは、従姉妹からベールを借りたんです。でも、何かブルーのものを忘れちゃってて。どうしよう。幸さん、どうしたらいいですか」
そんなことを突然言われても、幸はその風習を、そのとき初めて知った。
「それはどこの風習なの」
「イギリスです」
「なんでもイギリス式なのねえ」
幸は苦笑いした。ジューンブライドといい、サムシングフォーといい。しかし、何かそんなおまじないに縋りたいほど、未来は見えないものなのだ。結婚はゴールじゃない。そんなことは誰でもわかっているから、そんなおまじないに縋りたくなるんだろう。幸せになりたくて必死な凛花が、可愛いと思った。
「凛花ちゃん、ブルーの下着はもっていないの?新しいブルーのハンカチは?」
「もってないんですよ〜。困った〜」
「どうしてもいるの?」
「… なんか考えるわ」
「本当ですか。やったー」
凛花はやっと、いつもの笑顔になった。