晴れた。青空が広がり、陽射しはじりじりときつく、夏のような雲が浮かんでいた。
いよいよ、凛花と大城の晴れの日である。
結婚式は、矢作家が懇意にしている教会のチャペルで行われた。石造りの教会は、ステンドグラスも派手すぎず、質実剛健だった。
聖書のなかから、コリント人への第一の手紙の第13章が読まれた。
「愛は寛容であり、愛は情深い。
また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、不作法をしない、自分の利益を求もとめない。いらだたない。恨みをいだかない。
不義を喜ばないで、真理を喜ぶ。
愛はすべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。
愛はいつまでも絶たえることがない…」
初めて教会の結婚式に参列した幸は、その清らかな雰囲気にすっかり心を奪われていた。
一番後ろに座り、讃美歌はまったく歌えなかったが、歌に合わせて口をぱくぱくさせていた。
参列しているのは、両家の親族と、新郎新婦の友人知人たち。
よくよく観察していると、なんとなく友人知人たちの雰囲気は似ていると感じた。
その時、自分と同じ最後列に一人だけカメラを持った黒づくめであまりこぎれいとは言えない、場にそぐわない男性がいることに気づいた。
新郎新婦が教会から出てくる前に、白い花びらが配られた。ライスシャワーとして、二人を祝福するのだ。
カメラを持った男性はひっそりとまたその花びらを受け取らずに外へ出た。
幸はなんとなく彼の隣にいた。
新郎新婦が出てくると、彼らの若い友人たちがこぞって花びらを浴びせた。
「おめでとう」
「おめでとうございまーす」
その様子に、カメラの男性はひたすらシャッターを切った。
「大城さんのおともだちですか」
幸が思わず尋ねると、男性は答えた。
「いえ、凛花の。元カレです」
「え」
男性はニヤリと笑うと、じゃ、と言って行ってしまった。
その時、花嫁がブーケを投げた。たからかに舞い上がった白いブーケは、凛花の女友達が受け損ねてトスした格好になり、ボロボロになって幸の目の前に落ちた。
「あらー。幸さん!」
矢作夫人が微笑んで手を振った。幸は仕方なくそれを拾い上げた。
「いえいえ、あの、私、無理無理。ほら、こんなになっちゃってるし」
幸はボロボロのブーケを掲げて、皆に見せ、自分を指差して、笑いをとった。
披露パーティーは、ベーリックホールという洋館で行われることになっていた。
花嫁の控室は、2階のかつて寝室だった部屋が使われていた。幸はそこへ軽食を届ける約束をしていた。
ノックをすると、どうぞーという凛花の声が聞こえた。
「幸さーん。ありがとうございます」
「おめでとうございます」
幸は斜め45度のいつもの丁寧なお辞儀をして、細いサテンのベビーブルーのリボンがかかった小さな箱を渡した。
「はい。サムシングブルー」
「わあ、嬉しい」
リボンを解くと、凛花はクルクルと左の手首に巻きつけた。
「サムシングブルー。これで楽勝ですね」
「幸せ間違いなしね」
凛花が箱を開けると、そこにはひとくちの大きさのたまごのサンドイッチが入っていた。パンは軽くトーストして、片面にからしバタを、片面に薄くマヨネーズを塗ってある。彼女の大好物で、いつもより小さくしてあった。
「わあ。嬉しい。実は朝もジュースだけだったんです」
丁寧にリップラインを塗られたピンクの口紅にかからないように、凛花はそれを口に入れた。
「美味しい。なんだか、卵が爽やか。すーっとする」
「厚焼き卵を焼くときに、セージのみじん切りを入れたの」
「さすがぁ。ありがとうございます」
「じゃ、私はこれで。あとでね」
幸は早々に控室を出ようとして、その窓のステンドグラスの美しさを目に焼き付けた。四つの花びらのような形のガラスを通した光が、床の上にブルーの光を贈り物のように落としていた。
「ここにもサムシングブルー。きれいねえ。凛花さんも、窓のガラスも、教会のお式も、何もかも、きれいだわ。本当におめでとう」
そして、さっきの男性のことだけを胸にしまって、部屋を出た。