横浜・元町には年に2回、チャーミングセールという大きなイベントがある。
2月と9月。通常のデパートなどのセールとはタイミングをずらしていて、季節の先行ものや、このときだけそれぞれの店舗に訪れる業者もあって、毎回、楽しみによその街からたくさんの人が押し寄せる。
反対に地元民は元町には近寄らなくなる。いつものように落ち着いた街ではなくなるし、とにかく人、人、人というのは実際、日常の買い物には辛い。
この辺りで長く経営する飲食店のなかには、あえてこの時期は閉めてしまうという店もある。
しかし「ヒトサラカオル食堂」の店主、盛田幸はもともとよそ者であることを自覚していた。
だからかえって淡々と、店を開けていた。
それに最近は岡部恭仁子と言う助っ人もいる。
「本当、恭仁子さんがいてくれて本当に助かるわ」
幸は心からそう思っていた。最近は「エクボの人」と常連さんも彼女を認識して、何かと話しかけたりした。
「駅からここまでもすごい人でした。なんか、いろいろ安いんですか。元町プラザの前にお野菜も売ってましたけど」
「この時だけいろいろ外からくるものもあるの。近沢レースさんのタオルのハンカチとか、そういういつもあるものがお安くなるのを狙うといいみたいよ」
「そうなんだ。平日はちょっと空いてるかな」
「そうね。平日がいいかもね」
幸がそうアドバイスすると、恭仁子は微笑んでエクボを見せた。
気温は低くても抜けるような青空があれば、人の心は外へと誘われる。
元町ショッピングストリートはアーケードがなくて青天井の分、天気に人出を左右される。青空効果は満点だ。
代官坂のハズレにも、人は流れてきた。
見たこともない人たちが、大きな紙袋をもって小さい店を訪れる。
「いらっしゃいませ」
幸が厨房から入り口に目をやると、また格別に大きな袋をもった50代後半と思しき男性と若い女性が立っていた。男性は白っぽいジャージの上下に黒いダウン。ゴルフ焼けであろう顔は濃かった。
なんとも不思議なケリーバッグを細長くしたようなグレーのバッグを斜め掛けしている。
女性は恋人なのだろうか。前髪をぱつんと切ったロングヘアに韓流風のツヤツヤメイクだ。
席はもはや入り口付近の隅が2つあっただけだった。
「こちらでもよろしいですか」
「なんや、オバはんが二人でやってる店やな」
大きな声の関西弁が聞こえ、若い女性が嫌な顔をした。
「大きい声でそんなこと言わないで」
「ほんまのことやん」
男はどかっと足を広げて座り、椅子の背にもたれかかった。
もちろん、その声はしっかりと「オバはん」と言われた二人の耳に届いていた。大阪出身の幸は特にムッとすることもなく、むしろちょっと懐かしいなと思ったりもした。最初にバンとびっくりするようなことを言う人は、むしろ意外にいい人なことも多い。大阪の言葉で言う「かます」というやつである。
しかし恭仁子はかなり驚いた。慄きながらも、荷物を置く場所を整え、つくり笑顔で声をかけた。
「ご注文は」
「ビールある?」
「はい、瓶ですが、COEDOの鞠花とハートランドと青島がございます」
「全部緑やな。緑好きなん?」
「あ、いえ…」
いちいち絡んでくる男に恭仁子は顔が固まっている。奥から幸が声をあげた。
「緑の瓶が好きなんですよお」
「ほんま。ほんならハートランドにするわ。一番大きいからトクやん。関西人、やろ。くくく」
男は自分で言って自分で笑った。その感じで、幸には「悪い人ではない」とわかったが、恭仁子はまだ固まっていた。
一緒にいた女性はまるで「関係ないです」と言わんばかりに言った。
「私はクランベリージュースください」
「かしこまりました」
恭仁子は開放されたように厨房に駆け込んだ。