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第33話『緑つながりのジェノベーゼ』
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  • 第33話 本日のお客様への料理『緑つながりのジェノベーゼ』

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 暑さ寒さも彼岸まで、とはいうが、その最後の暑さのような日だった。
 しかし空はもう秋の青だ。どこまでもからりと深い青空が広がっていた。
 盛田幸の両親は大阪の一心寺に眠っている。弟のヒロシたちがお参りしてくれているだろう。年に一度は帰ることにしているが、元町ショッピングセンターのチャーミングセールとお彼岸が重なっているこの週にはとても無理だ。
 とはいえ『ヒトサラカオル食堂』はほとんど常連さんだが。たまに藤原親娘のように飛び込みでやってきて、縁の沼に絡め取られる不思議な人たちもいるのだ。 
 思えば、藤原親娘が幸の元カレのパグを呼び寄せたりしたのだから、今年はなんだか過去と大阪にズドンとタイムスリップしたようなことが多い。
 そして、ミツコと竹内の息子の登場である。

「いったいどないなってんねんやろなあ」

 幸は一人ごちで、その日のオープン前のお香に火をつけた。
 今日はChieというシリーズの「sandalwood」にした。サンダルウッドは白檀であるが、このシリーズは無国籍なテイストでフレグランスという部類に近い。柔らかで押し付けがましくない上品な香りが残る。
 その香りを聞くうちに、幸はふと、ミツコの墓はどこにあるのだろう、と思い至った。

「お墓参り。あの人、来てほしいはずやわ」

 華やかな空気を纏いながら、どこか孤独を滲ませていた彼女。竹内との子どもを産み、母親に預けて働いていた彼女。そんなことを思い出していると、メッセージ通知が来た。Instagramのメッセージでやりとりしている、ミツコのその息子の難波光からだった。

「母の墓参りに来たんですが、帰りに寄ってもいいですか」。

🥂Glass 1

 ランチ客が落ち着いた15時半過ぎ。恭仁子に賄いのパスタを出している頃、額に玉のような汗を散りばめた光がやってきた。

「どうもすみません。あー、ここ、涼しい」

「いらっしゃいませ」

「あ、なんか旨そう。あれ、僕も食べていいですか。あと、クラフトビール」

「はい。パスタはジェノベーゼですが、いいですか」

「この間のグリーンカレーも旨かったけど」

「また緑ですね」

 幸は笑って、作りおいたバジルのソースを小さなフライパンにレードル8分目を落とした。
 バジル、にんにく、松の実で作るのが本来だが、幸はこのところ、松の実の代わりに胡桃を使う。この方が食べやすいコクが生まれるような気がする。それに何よりも、松の実が高騰しているのだ。
 追いパルミジャーノを少々。本牧のスギヤマのパンチェッタを炙って。
 パスタはフェットチーネ・ア・ニドという細くて平たい乾麺を使う。5分で茹で上がるので、使い勝手が良い。生パスタでもいいのだが、なんとなくもっちりしすぎてもジェノベーゼには重い気がしていた。
 煎った胡桃の実をトッピングして出来上がりだ。

「うん。旨い」

 そう言って、光は緑色になった歯を見せた。丸顔だからか、どこかに子どもっぽさがあって憎めない。
 幸が尋ねる前に、食べ終わって皿を洗いながら、恭仁子が声をかけた。

「お墓参りって、どこまでいらっしゃったんですか」

 一番聞きたいことは一番聞きづらい。幸は無邪気な恭仁子がいてくれてよかった、と思った。

第33話 本日のお客様への料理『緑つながりのジェノベーゼ』

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