《2》
横井直之。
またか。あの腐れ縁の代理店の担当だ。
しかし、多美子にとっては気楽な相手でもある。運転手に行き先を「TRUNK HOTEL」と告げ、ぴっと画面を押して、スマホを耳に当てた。
「あ、タミー、大変だよ」
横井は焦っていた。まあこの男はいつも焦っている、と、多美子はため息をついた。
「なにが」
「Tが雑誌広告を全面的に打ち切るらしいよ」
「ええっ。その広告はどこへ行くわけ」
「全部ウエブにもってくらしいよ」
「…」
それは本当に大変な事態だった。Tは米国を拠点とするハイブランドだ。そこが雑誌の広告を止め、ネット広告に踏み切るとなれば、ほかのブランドも追随するところが出てくるだろう。
「『Luck me』には去年2000万以上出稿があったのにさ」
「うん…」
「ちょっと、会って話せるかな」
「今日はこれからレセプションで、フルコースディナーだから、遅くなるけど、いい?」
「ディナーの場所は」
「トランクホテル」
「ちょっと離れたとこがいいよね、バーラジオにしよう」
「わかった。じゃ、後ほど」
電話を切って、多美子はいよいよ想像していたことが現実になるのだと、タクシーのなかで身を硬くした。