《2》
203という会議室は6人も入ればいっぱいの、小さな部屋である。窓もなく、ホワイトボードもない。殺風景な箱に、白いテーブルとパイプ椅子が6つ、入っていた。
概ね、個別に上司に呼び出されたりするときに使う部屋と決まっていて、社員の間では「取り調べ室」とも呼ばれていた。
いったいなんでそこに呼ばれるのだろう。特に身に覚えのない未知は、それだけに怖くなった。もう今回の異動の話は終わっているし、それで送別会を仕切るのだし。
まさか異動の追加なんてことはないだろうか。ちょっと前に50歳になる女性社員の先輩が長野に異動になった。まさかあんなことが。いや、むしろ、未知は自分が地方に向いている気もしているのだが。
未知が203に来てほどなく、ユニマットのコーヒーカップを二つ持って、楺井が現れた。
「わざわざごめん。いやね、まず言っておきたいんだけど。これはちょっと業務ではないし、ハラスメントでもないから、嫌だったら断ってもらってもいいし、断ったからといって何かが変わるわけでもないから」
「はい…」
「実はね、実は…。高井専務、わかるよね」
「はい」
「専務と、君、一度飲んだことがあるらしいね」
「え…」
未知は頭のなかでメモリーを起動させた。カタカタカタ。はっきりとは思い出せない。飲みになんてほとんど行かない。この間から4人の女子会が始まったのは珍しい。あとはもうひとつ、定期的に、人形町にある列車を改造したバーに、鉄女友達と会合と称して行くくらいだ。
「列車バーで、秋頃に役員たちと一緒になったことがあっただろ」
「あ」
秋頃に、鉄女3人で飲んでいたとき、確かに隣にちょっと会社で偉い人なのかもなあという感じの3人組のおじさんたちがいた。席を譲って、しばらく自分たちは立って飲んでいた。おじさんたちのなかに自分たちの会社の役員がいたとはまったく気づかなかった。
「高井専務は同級生と飲んでいらしたそうなんだが、そのときに君が気持ちよく席を譲ってくれたので、注意して話を聞いていたそうなんだ。ずいぶん、君のことを気に入っておられてね…」
専務付きの秘書にでもなれというのか。未知はそれも悪くないと思った。少なくとも楺井の下にいるよりは静かだろう。
「いやね、息子さんと会ってほしいそうなんだ」
未知にはしばらく意味がわからなかった。