《2》
有紗は立ち上がって、二人を紹介した。
「主人と、その娘の莉奈です」
そして、二人に向かって小声で言った。
「どしたの?」
主人と呼ばれた洋三は照れくさそうに笑って、莉奈の肩に手を乗せた。
「ちょっとこいつのタブレット買ってくるわ。晩飯も食ってくる」
「ああ、いいわね。莉奈ちゃん、よかったね」
有紗が子どもの視線に合わせようとすると、莉奈は照れたように洋三の後ろに回り、彼の手を引っ張った。
「いってらっしゃい」
洋三は休日の店にいる3人の女性客に軽く挨拶した。
「どうぞごゆっくり」
二人が行ってしまうと、もちろん途端に二人の話になった。
「娘って、どういうこと?」
ナイフとフォークを開いたまま止めてこちらを見つめている多美子の斜め前の席に有紗は静かに腰掛けた。
「洋三さんの前の奥さんの子ども。入籍しに神戸へ行ったとき、彼女がかなり育児放棄されてることに気づいてね。連れて帰って来ちゃったの」
「連れて帰ってきちゃった、って、養子ってこと? あ、違うか、洋三さんの実の子だから、養子にはならないか」
多美子がごちゃごちゃ言っていると、未知がいつものストレートを投げた。
「連れ子、ってことですね」
「… 」
沈黙の後、有紗はうなずくかうなずかないかのような俯きかたをして、泣きそうな表情をしながら、にっこり笑顔をつくった。
「急に母親にはなれないんですけど、まあ、だんだん、そんなふうになれるかな、って」
「よく決断したね」
多美子が感心して言うと、有紗は大きく手を振った。
「いや、なんだか、すごく可哀想で」
有紗は初めて会った日の莉奈の様子を説明した。彼女がものすごく寒い日にほとんど素足だったこと。小さい運動靴を無理やり履いていたこと。着ている服も四季を通してずっと同じようだったこと。…
「色の黒い子だと思っていたんだけれど、連れてきて顔の産毛を剃ってあげたら、実はわりと白くて」
3人は少し笑った。優しい有紗なら、きっと女の子もなつくだろうと安堵した。が、有紗の表情は明るくはなかった。
「でもね。やっぱり、寂しいみたいで。神戸が懐かしいんじゃないかな。やっぱり、冷たくても放ったらかしでも、本当のおかあさんがいいんじゃないかな」
「そんなことないでしょう。そんなひどい扱いされてたのに!」
麻貴は口をとんがらせて憤慨した。
しかし多美子は年の功でそれも想像はついた。
「まあね、たとえ虐待されてても、まあその場合は、育児放棄、かなあ。子どもは親が大好きだから、自分が悪いと思ってしまう、って言うよね」
有紗はそのときはっと気づいた。ひょっとしたら莉奈は「自分が悪いから、母親に捨てられた」と思っているのかもしれない、と。