《3》
莉奈は4月から小学2年生で世田谷区の公立小学校へ編入した。
1ヶ月経っても特に仲の良い友達ができるわけでもなく、かといっていじめられているわけでもないが、と、有紗は莉奈の担任の教師から一度呼び出された。
「莉奈さんはほとんどしゃべらないのですよー。行動も遅くてー。ひょっとしたらある種の発達障害かもですねー。一度、受診されたほうが良いかもしれません」
有紗は驚いて、思わず口走っていた。
「何かいじめられているとか、他の人に迷惑をかけているとか、あるのでしょうか」
担任はおそらく有紗より年下の女性だった。ぽっちゃりして色白で、くるくるとした目がよく動いた。語尾を「ですよー」「ですねー」と妙な抑揚で終わるのがあまり深刻な感じを与えなかった。きっと自分はニコニコ笑って、ばくばく食べて、すぐに嫌なことを忘れられる性格なのだろう、と有紗はなんとなく思った。
洋三に相談すると「病気じゃないだろ。まあ、ちょっと、育った街が懐かしいだけなんじゃないか」と、事もなげに言った。
有紗だけが「しゃべらない」とか「発達障害」とか「行動が遅い」というネガティブな言葉の沼にどっぷりはまってしまったようだった。
そういえば、莉奈に話しかけても曖昧な返事しか戻ってこないことが多い。言葉数も少ない。
「莉奈ちゃん、学校、楽しい?」
「…うん」
「そっか」
二人の会話はそれで終わってしまう。どうやって莉奈から言葉を引き出したらいいのか、有紗にはわからない。問い詰めるのも苦手だし、自分が逆の立場なら問い詰められたくないと思った。
ひょっとしたら、意外に有紗と莉奈は似ているところがあるのかもしれなかった。