《4》
そんな話を聞きながら、多美子、麻貴、未知の3人は有紗の作った料理をほぼ平らげてしまった。残るはデザートのみだ。
「今日のデザートは、アニスの香りのアイスクリームと、アーモンドのチュイールです」
見た目は普通のバニラアイスクリームに見えたが、ひと匙口に入れると、少しクセのある甘やかな香りが広がった。口中に、いや、脳のなかに。
「これは美味しいわ。そして時々、この丸まった薄いクッキーをかじると最高の相性ね」
うなずきながら、有紗もそのアイスクリームを口に入れた。その瞬間、なんとも言い難い拒絶反応が胃から押し寄せてきて立ち上がった。
洗面所へと駆け出していった有紗の背中を見つめて、3人は3人ともに同じことを思った。
「有紗さん、ひょっとして!」
未知が声に出した。すると、多美子はどこか笑いをこらえる顔で言った。
「未知ちゃんもわかる? 食中毒じゃないよ」
「わかりますよ〜。妊娠したんじゃないかって」
麻貴は冷静にもうひと口、アイスクリームを食べて言った。
「確かに胎児には大人すぎる香りかもね」
多美子はクロスで口元を押さえ、立ち上がって有紗の背中をさすりに行った。
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫です。やっぱり、かなあ」
「思い当たるのね」
有紗はうなずきながら、申し訳なさそうに言った。
「莉奈ちゃんと仲良くなれるまでは… 莉奈ちゃんのおかあさんになれるまでは、自分の子どもはつくるべきじゃないと思っていたのに」
そう言うと、有紗は泣き出した。いっぺんに二人の母親になる。それもまったく違う形で。その大変さを思うと、もうどうしていいかわからなかった。
多美子はびっくりして、有紗を抱くようにした。
「なに言ってるの。大丈夫だよ。莉奈ちゃんもあなたの子ども。おなかの中の子も、あなたの子どもなんだから」
「でも…でも…」
有紗が子どものように泣きじゃくった。多美子はその背中をとんとん、と叩きながら思った。
…母親になることをこんなにまっすぐに覚悟できる有紗って、優しい子だなあ。
それに比べて、自分は。
岸田鷲士に息子がいることを知ったとき、それだけで「無理だ」と決めつけた自分。多美子にはそんな自分が女としてもう有紗より全然ダメな生き物だと思えてしまうのだった。
店のなかにほのかに漂うアーモンドとアニスの香りが、それぞれの思いを甘やかに揺さぶっていた。
To be continued…
★この物語はフィクションであり、実在する会社、事象、人物などとは一切関係がありません。
作者プロフィール
森 綾 Aya mori
https://moriaya.jimdo.com/
大阪府生まれ。神戸女学院大学卒業。
スポニチ大阪文化部記者、FM802編成部を経てライターに。
92年以来、音楽誌、女性誌、新聞、ウエブなど幅広く著述、著名人のべ2000人以上のインタビュー歴をもつ。
著書などはこちら。
挿絵プロフィール
オオノ・マユミ mayumi oono
https://o-ono.jp
1975年東京都生まれ、セツ・モードセミナー卒業。
出版社を経て、フリーランスのイラストレーターに。
主な仕事に『マルイチ』(森綾著 マガジンハウス)、『「そこそこ」でいきましょう』(岸本葉子著 中央公論新社)、『PIECE OF CAKE CARD』(かみの工作所)ほか
書籍を中心に活動中。