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    第16話 『麻貴の彷徨』

《2》

麻貴はマスターの言葉を耳に蓄えて、目の前に置かれた赤い飲み物をじっと見つめた。

 

ひと口飲むと、シナモンとアニスとオレンジの香りが相まって、程よい甘みが優しく喉を滑り落ちた。

「おいしい」

「でしょう? スペインのあちこちで飲んで、いろいろ研究したんですよ。あと、幸せの入れ方もね」

「幸せ…」

 

マスターはあははと明るく笑った。麻貴はひと口ずつ、味わって飲んだ。いろんな重たい思いが、少し軽くなるように思った。

   

飲み干しかけた頃、ドアが開いて、オリエが入ってきた。
  さっきの衣装を着替え、ぴたっとしたTシャツとぶかっとしたバギーのデニムを履いていたが、メイクが濃いままだった。

 

オリエはカウンターの一番ドア側にいた麻貴にすぐ気づき、驚いた。

「あっ、あなた、さっき観に来てくれていた… 翔平の」

 

翔平の、と言われて麻貴は嬉しくなり、立ち上がって、挨拶した。

「いつも翔平くんがお世話になっています」
「あ、いや、何もしてないけどね」

 

オリエは鼻で笑い、座るとすぐに煙草を取り出して、申し訳なさそうに小さくお辞儀した

「吸わせてもらいますね、あ、煙は上に」

 

マスターはいつものことと笑いながら、「いいですか」と言いたげに麻貴にちょっと顔を向けた。

「どうぞどうぞ」

 

麻貴は座って、2杯目のサングリアを頼んだ。

「悪いヤツじゃないけどさ。煮え切らないとこあるでしょ」

「…」

 

「演奏もそうだもん」

「そうなんですか」

 

麻貴にはジャズのことなどまったくわからない。どんな演奏がいいのか、悪いのか、考えたこともなかった。しかも「煮えきらない」と言われて、なにか弁護しようにも言葉が思い浮かばない。

「…翔平さんのピアノ、素敵です」

 

やっとのことで、麻貴はそう言った。すると、もう我慢できないという顔で、オリエは煙をふっと上に吐いた。まるで見上げて吐くため息のように。

「あのさ、あいつ、今、誰かに会いに行ったよ」

「え」

「女いるんじゃない、他にさ。あるいは男かも」

「へっ」

 

麻貴は驚いて、背の高いスツールから落ちそうになった。

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