《3》
そういえば。…
疑念は、抱いた所から煙のように広がる。
リハだと言って会えなかった週末や、平日のことや…。麻貴は翔平のすべての時間を知っているわけではなかった。
疑うことをしなかった。もちろん、ケータイを見たりしたこともない。
信じきることが相手を別の誰かに走らせたということなのか。
「オリエさん。それ、本当ですか」
オリエは黙って煙草をもう一本取り出し、火をつけた。
「見たところ、あなた、真面目だから。はっきりさせたほうがいいと思うよ」
「はっきり…」
麻貴の口のなかはカラカラだった。もうシナモンの香りもアニスの香りもオレンジの香りもしなかった。
そこへ、ドアがカランと開いて、翔平と見知らぬ女が入ってきた。
「あ…」
翔平は麻貴とオリエの姿を見つけると、あからさまに顔を歪めた。
オリエは黙って煙草を消し、白いサングリアをぐいっと飲み干すと、1000円札を置いて、立ち上がった。
そして翔平とすれ違いざまに低い声で囁いた。
「何が彼女は大事すぎる、よ。責任もてないのはこういうことね。正直に話すのね」
「…」
招かれざるカップルは、奥の席に進んでいった。
翔平の表情を見るだけで、麻貴の目から、みるみる涙がこぼれた。震える手で財布からお札を抜き取り、チェックを済ませた。
店を出て麻貴が歩き始めると、後ろから翔平が追いかけてきた。
「麻貴、待って」
麻貴は振り向かなかった。涙でぐしゃぐしゃな顔を翔平に見られたくなかったから。
そして、彼女が誰なのか、はっきりと確かめる勇気がなかった。