《4》
どこをどんな風に歩いたのか、気がつくと、青山墓地だった。
さすらうってこんな感じなのかもしれない、と麻貴は思った。
墓地は延々と続き、麻貴はむしろ、自分が生きていることを確かめられた。
そして、誰もいないここなら叫べた。
「もういやだーっ。こんなのいやだーっ」
わあわあと子どものように泣きじゃくって歩いた。発作のように涙が出て、それがおさまると、ふいに自分の中に冷静さが訪れた。
スマホを見ると、11時半を過ぎていた。
こんな時間に連絡して良いのは多美子ぐらいだと思った。
LINEをした。
「タミー、こんばんは。今どこですか」
すぐに返事がきた。
「外苑前のワインバーにいるけど」
二人は20分後には、ワインバーに背中を並べていた。
「… でさ、その女誰よって、ちゃんと確かめたの」
「顔がぐしゃぐしゃだから、振り向けなくて」
「バカだねえ」
「きれいで、若いコだった。もう、私はダメだと思う」
「ああ、ダメだと思ったらダメだわ」
「なんでそんなこと言えるんですか…」
麻貴の目にまた涙が浮かんできた。
「いいじゃん。今日はとりあえず飲もうよ」
多美子はそう言いながら、自分もそうやっていくつかの失恋を乗り越えてきたことを思い出していた。
「はい、幸せになるシャンパン」
「さっき、幸せになるサングリア、っていうのを飲んだんです。そうしたら、翔平と女が入ってきて…」
すでにやや酔っ払っている多美子はけらけらと笑った。が、基本、しっかりしていた。
「だからさ。本当のことがわかる、って幸せなことなんじゃないの」
「…」
「本当のこと。事実。男は浮気する生き物。翔平さんは、正真正銘の男だった、と」
「でも、あっちが本命だったら」
「そっか… あ、いや…」
多美子は言葉を失った。そして、ぐいっとシャンパンを飲むと、麻貴の背中を叩いた。
「あんたももちょっと遊べば。41歳は全然若いよ〜」
「そうなんですか」
「そうだよ〜」
50代独身の多美子にそう言われると、麻貴はなんだか勇気がもてそうな気がしてきた。
シャンパンの泡はシュワシュワと、上に向かってあがっていく。その泡を見ていると、自分の気分も少しだけ明日に向かっていけそうな気がするのだった。
To be continued…
★この物語はフィクションであり、実在する会社、事象、人物などとは一切関係がありません。
作者プロフィール
森 綾 Aya mori
https://moriaya.jimdo.com/
大阪府生まれ。神戸女学院大学卒業。
スポニチ大阪文化部記者、FM802編成部を経てライターに。
92年以来、音楽誌、女性誌、新聞、ウエブなど幅広く著述、著名人のべ2000人以上のインタビュー歴をもつ。
著書などはこちら。
挿絵プロフィール
オオノ・マユミ mayumi oono
https://o-ono.jp
1975年東京都生まれ、セツ・モードセミナー卒業。
出版社を経て、フリーランスのイラストレーターに。
主な仕事に『マルイチ』(森綾著 マガジンハウス)、『「そこそこ」でいきましょう』(岸本葉子著 中央公論新社)、『PIECE OF CAKE CARD』(かみの工作所)ほか
書籍を中心に活動中。