《2》
株式会社ミッション・グレイスの事務所は、東銀座にあるコアワーキングスペースを借りた。
ひとつの部屋をだいたい二つの会社が共有しているような感じで、1階にはセルフのカフェがあり、打ち合わせもできるようになっている。
北欧の家具が備えられていて、なかなか洒落た場所ではあった。
しかし、岸田鷲士はそこにはほとんどいなかった。彼とのやりとりはメールだった。どこでどう動いているのかも、多美子にはほとんどわからなかった。相変わらず、夜はIT仲間たちとつるんで、青山あたりで飲んでいるようだったが。
多美子は騙されたような心もとない気持ちで、しかし、任された『Luck me.com』のローンチを進めなくてはならなかった。
試算すると、原稿はライターに1本6000円で書いてもらわなければならない。しかも、フォトグラファーを雇う余裕はなく、写真も自分で撮ってもらわなければならない。
これまで1ページに2万以上払ってきたライターに、それを頼むのはあまりにも心苦しいと、多美子は悩んだ。
しかし、一歩踏み出さなければ、すべてはゼロに等しい。
一番仲の良かったライターの篠沢ヒロコ電話してみる。
「ヒロコ、元気? 今、大丈夫?」
「大丈夫よ〜。ちょっと〜、びっくりするわよ〜、突然辞めちゃうんだもん〜、どうしてんのよ〜」
かくかくしかじか、多美子は今の状況を説明した。
「でさ、また原稿を頼みたいんだけど、すっごく安いんだけど…」
条件を聞くと、篠沢ヒロコはさすがに絶句した。
「うーーん。。。」
「ごめんね、無理だよね」
しかし頭のいい彼女はすぐに考えを切り替えてくれた。
「あのさ、逆にファッション・コラムみたいな感じでさ、自由に書いていい、ってことだよね。だったら、展示会を回ったときに、プレスの人に着てもらったりしてさ… なんかそういうのでもいいわけでしょ。… 私、そういうの、ちょっとやってみたかったのよ」
多美子は涙が出る思いで、その提案を受け入れた。編集部からの提案ではなく、それぞれのライターに、好きなことをやってもらう。ギャラの代わりにその意思を伝えるお手伝いをする。あっという間に新しいコンテンツの方向性が決まったような気がした。
勇気が湧いてきた多美子は、腕のいいライターに思いきって連絡していった。
なかにはあからさまに断る者もいたが、多美子はもうめげなかった。