《3》
久しぶりに多美子、麻貴、有紗、未知が集まったのは、それからしばらくした10月の秋晴れの日曜だった。
有紗が男の子を産み、自宅に戻ってきたばかりということで、三宿の彼女の家に集まったのだった。所在がなかろうと、洋三は莉奈を連れて出かけていった。
リビングに置かれた大きなベビーベッドのおかげで、テーブルに4人が座るといっぱいいっぱいだった。有紗と未知の後ろにはキッチンのシンクが迫っていた。
部屋にはどことなく、母乳の甘やかな匂いが漂っていた。
「狭いところでごめんなさいね」
皆、それぞれにかぶりを振った。多美子はそれを「幸せな狭さ」だと思った。その匂いを鼻腔にためると、その幸せが伝わってきて、多美子は思わず言った。
「有紗ちゃん、幸せだねえ。うん、どっちも元気で何よりだよ」
もみじの葉っぱのような手を顔の横で小さくまるめた赤ちゃんは、文字通り赤かった。麻貴が覗き込み、人差し指で、そおっとその手を触る。
「名前は」
素顔の有紗は皆に紅茶を入れながら、答えた。
「海、って書いて、カイ」
「きらきらネームだねえ」
麻貴が笑って「カイくん」と小声で話しかけている。
有紗は未知に言った。
「次は未知ちゃんだよね。結婚式、いつだっけ」
未知はぽっと赤くなって「3月です」と答えた。
「いいねえ。幸せなときだねえ」
有紗はそう言って、今度はクッキーをカゴに入れた。
誰も、多美子が会社を辞めたことに自分からふれようとはしなかった。
多美子も、この場にあまりにそぐわない話題のような気がして、自分から言うことができなかった。
帰り道に、麻貴と二人になったとき、多美子はこう切り出した。
「麻貴ちゃんさ、原稿書いてくれないかな」
「え」
「私さ、会社を辞めたんだけど『Luck me』のウエブを作ることになったの」
「へえ」
麻貴は驚いて多美子の横顔を覗き込んだ。目元にピンクを使って、はやりのメイクをしているけれど、ほうれい線が前より目立つような気がした。会社を辞めたって、いったい何があったんだろう。それは良かったことなのだろうか、それとも。