《4》
ひとつ、麻貴に想像できたのは、多美子が今、一人で戦っているかもしれないということだった。
「私にできることだったら、やりますよ。お花の話でしょう」
麻貴は頷いた。多美子のために、なんでもしたいという気持ちだった。自分があんなに辛かった夜も、一緒に飲んでくれた友達だから。
そして、こんな提案をした。
「有紗ちゃんに料理のレシピを書いてもらったらいいし、未知ちゃんにも…」
「… 鉄道の話かな」
二人は顔を見合わせて、ちょっと笑った。
多美子は小さくため息をついた。それを見て麻貴が言った。
「飲みにいきますか」
二人は連れ立って、渋谷の道玄坂を下ったところにあるワインバーに入った。
多美子は、新しい名刺を出した。
「かっこいいな、代表取締役って」
「代表取締役刑事、ってあったよね」
また笑っていると、目の前にふたつ、グラスのスパークリングワインが届いた。国内の、しかも広島で作っているという。
「乾杯」
ひと口飲むと、爽やかな酸味とぶどうの香りがした。
「でもさ、一人なんだよね、代表取締役って。岸場さんと二人でやっていけると思っていたんだけど、まあ本当に彼は何をしているのか、わからなくてね」
多美子は思わずそんなことを口にした。麻貴はなんとなくそんなことを、今日会ったときからの多美子の表情に読んでいた。
「でも、とにかく仕事があるんだし、タミーしかできない仕事じゃないですか。男は裏切っても、キャリアは裏切らないですよ」
「まだ裏切られたわけじゃないけどね」
「あ、すみません」
そう言って、二人はまた笑った。ちょっとほろ苦いけれど、二人だからこそ笑える話だった。
To be continued…
★この物語はフィクションであり、実在する会社、事象、人物などとは一切関係がありません。
作者プロフィール
森 綾 Aya mori
https://moriaya.jimdo.com/
大阪府生まれ。神戸女学院大学卒業。
スポニチ大阪文化部記者、FM802編成部を経てライターに。
92年以来、音楽誌、女性誌、新聞、ウエブなど幅広く著述、著名人のべ2000人以上のインタビュー歴をもつ。
著書などはこちら。
挿絵プロフィール
オオノ・マユミ mayumi oono
https://o-ono.jp
1975年東京都生まれ、セツ・モードセミナー卒業。
出版社を経て、フリーランスのイラストレーターに。
主な仕事に『マルイチ』(森綾著 マガジンハウス)、『「そこそこ」でいきましょう』(岸本葉子著 中央公論新社)、『PIECE OF CAKE CARD』(かみの工作所)ほか
書籍を中心に活動中。