【ここまでのあらすじ】
シェフの洋三と駆け落ちして東京で店をもち、彼の前妻の子の莉奈のことも引き受けた有紗。自らも洋三との間に息子の海(かい)を授かり、忙しいながらも静かな年末を迎えようとしていた。しかし、新生児と血の繋がっていない娘の子育ては思った以上に大変で…
〜15話11話7話2 話をお読みください。
《1》
12月の明けないように思える暗い夜明け前。
毎日のようにその時間に、息子の海は泣いた。
まだ首も座らない彼を、そーっと抱き上げる。
どうもその時間はおなかがすいているようでもない。
「赤ちゃんって、寝かせてくれないんだ…」
有紗はいつも眠かった。いつも眠いのだけれど、寝落ちしようとすると、また海が泣く。お乳が欲しいときはもちろん、おむつが濡れて気持ち悪いときも、ただ抱っこしてほしいだけのときも。自分が眠いのに眠れないというだけでも、泣く。
「ああ… 」
傍に眠る洋三が目を覚まして呻く。夜中に店から帰ってきて、明け方の仕入れまでほとんど数時間しか眠れないのに、そのわずかな熟睡を夜泣きで潰されるのはたまったものではないだろう。
「莉奈はこんなに泣いたかなあ」
ふともらした洋三のそんなつぶやきに、有紗は自分が咎められているような気がしてたまらなくなった。
「ごめんなさい」
「しょうがないよ。赤ちゃんは泣くのが仕事だから」
その言葉にちょっと救われて、有紗は小さな小さな海を抱きあげ、半身を起こしてあやす。
こんなことがどのくらい続くのだろうと途方もない気持ちになりながら。
そして母親に甘えて、実家で産めばよかったのかもしれないなどと。
「それより有紗は痩せとうな。大丈夫なんか」
洋三は目を瞑ったまま聞いた。今思ったことではなくて、この頃ずっと思っていたことなのだろう。
その一言が、ともすれば自分を責めがちな有紗には泣きそうなほど嬉しく思えた。
「大丈夫。授乳中の母親は、あんまり寝なくてもオッケーな体になるのやって」
その答えへの返事はなかった。洋三はまた少しまどろんでしまったようだった。