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    第19話 『有紗の孤独』

《2》

冬の朝はゆっくりやってくる。洋三は手早く莉奈の弁当を作り、仕入れに出かけていった。
しばらくすると、今度は莉奈を起こさねばならない。相変わらず口数が少ない莉奈は、朝起きるのにも時間がかかる子だった。

「もう起きないと間に合わないよ。ほら、今日はお弁当の日だから、お父さんがお弁当作ってくれたよ」

有紗そう言うと、莉奈はぱちりと目を開ける。父親の作るものが、彼女にとっては一番なのだった。

海が生まれてからというもの、また有紗は莉奈と少し距離ができたような気がしていた。

「かわいいね」

そう言って莉奈は海を見つめるが、有紗が見ていると触ろうとはしなかった。

「もう少ししたら、首がすわるから、いっぱい抱っこしてあげてね」

有紗がそう言うと、莉奈ははにかんだように首をひっこめて、目をぱちくりさせて、体をそらしてしまう。
それに対して、洋三に甘えるそぶりはどんどん強くなっていった。抱きついて、なかなか離さなかったり、わざと目の前で飲み物をこぼしてみたり。

「赤ちゃん返り、っていうやつかもしれないね」

有紗はスマホの子育てサイトでその言葉を見つけて言った。

「困ったやつやなあ」

洋三はそう言いながらも、莉奈の甘えんぼうぶりが可愛くもあるようだった。

そんなある日曜、小さな事件が起こった。
洋三と有紗がちょっと目を離した隙のことだった。

「あ、海のほっぺた、血が…」

赤ちゃんは痛いことにはちょっと鈍感だったりする。自分の爪でひっかいたのだろうか、この間切ったばかりだけど、と、有紗はその小さな手のもっと小さな爪を確かめた。
海の頬にはもう少し大きな爪痕があった。
莉奈が、自分の人差し指を見つめていた。その爪にうっすら血がついていた。

「り、莉奈ちゃん…」

莉奈はひっくひっくと泣き出した。

「ごめんなさい。柔らかいから、押してみただけ… ごめんなさい、ごめんなさい」

「赤ちゃんなんだぞ」

洋三は軽く莉奈の頭をこずき、声を荒げた。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

莉奈は立ちすくんで泣いた。有紗はとっさに、どうしていいかわからず、海を抱きしめていた。

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