《3》
それから、有紗と莉奈の間にはいっそう距離ができたようだった。最初は小さな踏み越えられそうな小川だったのに、ちょっと足を踏み入れるのがはばかられる川になってしまった。そんな感じだった。
有紗は後悔していた。あのとき、莉奈を抱きしめるべきだった。でも、もう今はなすすべがなかった。
莉奈の言葉数はますます少なくなり、海にも近寄ろうとしないばかりか、見ることもなくなった。そして、洋三への甘えだけは強くなっていくようだった。
…叱られても、やっぱり血が繋がってるって大事なのかな。
そう思うと、有紗はこれからの子育てに胸がふさいだ。
もうすぐまたクリスマスがやってくる。
有紗は海の検診の帰りに、久しぶりに店に寄ってみることにした。
寒さを避け、あったかいおくるみに十二分に包んだ海を抱きながら、肩でドアを開ける。
「まだ開店していないんです… あ、マダムじゃないですか、赤ちゃんも!」
すっかりマダム代行となった渡瀬千裕が相変わらずぽっちゃりと明るい笑顔で有紗を迎え入れた。
「わー、赤ちゃん、かわいいですね。あーっ、ちょっと眉毛が洋三シェフですね!」
千裕がかわいいを連発するのを、厨房の奥から洋三が嬉しそうに声をかけた。
「なんか噂しとる? 眉毛がどうって」
「なんにもないです〜。あ、さっき、19時予約の岡本さん、3人が4人になりました」
「はいよ」
二人の自然なやりとりは、喜ぶべきことだった。でも莉奈とのことに自信をなくし、睡眠不足の有紗は、なんだか心をざわつかせてしまった。
もしかして、千裕と洋三が仲良くなりすぎていたらどうしよう。いや、そんなバカなことはないんだけれど。
有紗は自分の心にぽたん、と赤いワインをひとしずく落としてしまったような気持ちだった。
千裕は海に顔を近づけ、クンクンと匂いを嗅いでいた。
「赤ちゃんって、いい匂いがしますよね。ミルクの匂い。でも牛乳じゃないんですよね。それでもって、なんかこう、エネルギーががんがん来るんですよね」
「うん、抱いていると寒くない」
有紗も、海に顔を近づけてクンクンと嗅いでみた。優しい匂いだと思った。さっき心に落ちたワインのしずくも、消えていくような。