《2》
最近になってやっとまともなメールが打てるようになった麻貴の母親は、必要なことしか書いてこない。
「お誕生日おめでとう。2日は一人で帰ってきますか」
来た、と麻貴はため息をついた。やっぱり、婚約者です、と誰かを連れて帰ることを母親は期待していたにちがいない。
麻貴は道路の端っこのほうに立ち止まり、素早く返信した。
「一人で帰るよ」
返信は駅に着く頃に来た。
「お父さんがたくさんお煮しめをたいたから。気をつけて帰っておいで」
母親は父親に何か話していたのだろうか。それとも、ただ単にたくさんお煮しめを作った、というだけでのことなのだろうか。
麻貴はもやもやしながら一言だけ「ありがとう。また連絡します」と戻した。
メトロは、そこそこに混んでいた。もう気の早い晴れ着を着た女の子連れのカップルや、買い出しの袋をもった家族連れがいた。なんだか、カップルか家族しか目に入らなかった。
麻貴はドアの近くに立って、流れていく窓の外の景色を見た。
たくさんの家。一人の人はどれくらいいるのだろう。私はいつまで一人なのだろう。母親は本当はどう思っているのだろうか。親のためではないけれど、やっぱりお正月に一人でいるのは寂しい、と麻貴は思った。
なんとなくメトロを乗り継ぎ、珍しく池袋に出た。池袋は、大きなデパートが二つあって、地下の食料品がすごく充実していると、誰かに聞いたことがあったからだった。
だが、降りてみると人の多さに圧倒された。いくつもの電車が乗り入れているからだろうか、いつも乗る目黒線とかJRとはまた人の顔が違う。
「ええっと」
どちらに向いて歩くのか、キョロキョロしていると、わしっ、と肩をつかまれた。
「えっ」
肩にグレーのかばんを斜めにかけ、黒いダウンを着た男が逆に驚いた顔をしていた。
「翔平!」
篠原翔平だった。グレーのかばんから、こぼれそうに楽譜とipadが見えていた。
「こんなところで…」
麻貴は頭も心もパンクしそうだった。どんなに会いたかったかわからない。一緒にいた女の子は誰だったのか、それも聞きたいような、聞くのがやっぱり怖いような。…
「これからカウントダウンライブなんだ」
「どこの店?」
思わず、聞いていた。
「立教大学の近くのAJ… 前、一回来てくれたよね」
「ああ」
「今日はまだ席空いてると思うけど」
「…」
人の流れは二人を迷惑そうによけ、しかしだんだんとそこに立ち止まっていることを非難されそうなくらいになってきた。
「じゃ、よかったら」
翔平はそう言って右手を挙げ、立ち去ろうとしたが、あ、ともう一度、麻貴を呼び止めた。
「あの、お正月ってさ、なんの花飾ればいいの?」
人にぶつかりながら、麻貴は答えた。
「水仙、とか!」
翔平はちょっと微笑んで、行ってしまった。