《3》
「はーい、今年最後だよ、売り尽くすよ〜」
大きな声が飛び交うデパ地下を、麻貴はポケットに手を入れたままぐるぐる歩いていた。
いったい、どうしたことだろう。偶然会うなんて。そして最後に「お正月の花」だなんて、なんであんなことを彼は聞いたんだろう。彼女が来るから?いや、そういうことを教えてくれる女性はいないんだと匂わせたかったから?
いずれにせよ、今日は大晦日だった。今年のことを、今年のうちにはっきりさせたほうがいい。
麻貴は猛然と花屋を探した。
どの店も、もう正月用に松や菊を束ねたアレンジものか、しめ縄飾りやリースしか置いていない。
「あの、水仙はないですか」
店の女の子は訝しげに首を振った。麻貴だって百も承知だ。今頃そんな単体の花なんて。
2件、3件と回るうち、小さな町の花屋にたどりついた。
「水仙、ありませんか」
「どうしたの」
初老の店主は人の良さそうな細い目をさらに細くして聞き返した。
「あの。どうしても、水仙が欲しいんです。2本でも3本でもいいので。それを細い松と千両かなにかと、ちょっと組み合わせてもらって」
店主はちょっと顎を撫でていたが、奥へ行くと本当に水仙を3本だけもってきた。
「うちにいけてあったやつだけど」
「あ、ありがとうございます。ちょっと、ハサミ借りていいですか。ここで束ねるんで」
麻貴の花の扱いを見て、店主は一目でプロだとわかったようだった。
「センスいいねえ。うちを任せたいくらいだな。はっはっは」
小さな花瓶にもさせるような、水仙がメインの正月らしいブーケができあがった。
「ありがとうございます」
その言葉を2度も3度も口にしたのは、客である麻貴だった。そのブーケをもって、彼女はAJの扉の前にいた。