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    第24話 『麻貴の再会』

《4》

AJは地下にあった。木の扉にはひし形の窓がついていて、何人かのミュージシャンが見えた。最初に見えたのは、大きなウッドベースだった。ピアノの顔は見えず、音だけがこぼれてきた。
 一音一音、なめらかに連なる波のような音。
 時に大波となって猛々しく落ち、またさざ波となって浜辺を撫でるような。
 久しぶりに聴くそのピアノは、明らかに翔平のものだった。麻貴はその音を聴いているだけで、すーっと彼と一緒にいた日々の自分に戻っていった。
 どうやらリハーサルのようだ。
 ふと、音が止まったと思うと、飛び出てきたのは煙草の箱を手にした涼平だった。

「あ」

 うん、と麻貴は頷いた。

 

「ちょっとコンビニ行くんだけど」

「一緒に行っていいかな」

「い、いいよ」

 二人は連れ立って歩き始めた。麻貴は今聞くしかないと思った。しかしいきなり「あのときのあの彼女はなんだったの」などと聞くのもなんだかカッコ悪い。

 すると、煙草を吸いながら、翔平が言った。

「なんで急にいなくなったの」

 勇気を振り絞って麻貴は言った。

 

「だって… 彼女できたんじゃないの」

「なにそれ」

「二人で飲んでたでしょ。あの乃木坂のライブの後」

「あれは… ミュージシャン仲間だよ」

「え」

「なりたてのボーカリスト。でも最近すごい人気あってさ」

「… じゃ、彼女じゃないの」

「あったりまえだよ。そんな、確かめもしないでさ」

「じゃさ、なんで連絡くれなかったの、ずっと」

 翔平は立ち止まった。二人ともコンビニに入れず立っていた。

「結婚、っていう踏ん切りがつかなくてさ。このままずるずるするのもよくないかな、とか」

「そう」

 その気持ちは今も同じなの、と麻貴は心のなかで叫んだけれど、口に出さなかった。年上の自分が、何か詰め寄るようでイタイ、と思ったのだった。

 このまま、お花を渡してやっぱり帰ろう、と思ったとき、翔平が言った。

「麻貴のこと、大事だった。いなくなって、もっとそう思った。いっつも花とか飾ってたじゃん。そういうのまったくなくなると、なんか違うなあって」

 そう聞くと、麻貴はたまらなくなった。

「私も翔平と居たい」

 手の中で水仙のブーケの根元がどんどん熱くなっていた。

「麻貴、それは?」

「あ、あったの、水仙」

「探してくれたんだ」

 翔平はブーケに顔を寄せ、水仙の香りをかごうとして、松葉に目の上を刺された。

「あ、いてて」

 そして笑いながらもう一度、その花の香りをかいだ。

「いい匂いだなあ。こんな小さい花なのに、いい匂いだなあ」

 麻貴は笑いながら、香りをかいで輝いた翔平の目を見ていた。

 結婚でなくてもいい。このまま、この瞬間が続けばいい、と思った。

To be continued…

★この物語はフィクションであり、実在する会社、事象、人物などとは一切関係がありません。

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作者プロフィール

森 綾 Aya mori
https://moriaya.jimdo.com/
大阪府生まれ。神戸女学院大学卒業。
スポニチ大阪文化部記者、FM802編成部を経てライターに。 92年以来、音楽誌、女性誌、新聞、ウエブなど幅広く著述、著名人のべ2000人以上のインタビュー歴をもつ。
著書などはこちら

挿絵プロフィール

オオノ・マユミ mayumi oono
https://o-ono.jp
1975年東京都生まれ、セツ・モードセミナー卒業。
出版社を経て、フリーランスのイラストレーターに。 主な仕事に『マルイチ』(森綾著 マガジンハウス)、『「そこそこ」でいきましょう』(岸本葉子著 中央公論新社)、『PIECE OF CAKE CARD』(かみの工作所)ほか
書籍を中心に活動中。

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