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  • その1「1964年」

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⚫︎はったい粉

物心ついた頃、昭和40年代前半の大阪では、まだまだ物売りがいた。
独特の抑揚とつけた呼び声で様々なものを売り歩く人たちがいた。

♫竿竹 さおだけ

竿竹屋のおっちゃんは朗々とした声で、よく響いた。

♫麦茶 はったい粉ぉ〜

はったい粉は、大麦を香ばしく炒って、粉にしたものだった。祖父はその声を聞き逃さず、祖母に買いにいかせる。
祖父はうれしそうに、炊きたてのご飯にはったい粉をスプーンにふた匙ほどかけ、ひとつまみの塩をふって、そこに冷たい麦茶を注いだ。
お茶碗のなかはみるみる茶色になる。
それをさっさと掻き込むのである。

「うまい」

私は美味しそうにそれを食べる祖父を見ていて、あるとき、おずおずと小さなお茶碗を差し出した。

「ちょっと入れて」

「食べるか。そやな、これは栄養があってええのや」

はったい粉を少しだけ入れてもらい、塩をひとつまみふり、麦茶をかけて、食べた。口のなかがねっとりするようなざらつくような、あまりよい食感とも言えなかったが、舌の上には徐々に炒った麦の香ばしさが広がった。
それから私は、少しだけはったい粉を入れたお茶漬けを食べるようになった。

他の家族ははったい粉をあまり好まないようだった。祖父と私二人だけが共有するものをもつことは、なんだかこそばいような嬉しいようなことだった。
少しだけ大人の仲間入りさせてもらったような気がしたから。

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