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  • その2「町工場パラダイス」

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⚫︎ぶんぶんのブローチ

 祖父は鉄板で囲まれた大きな輪の形の炉で、銘板をくるくる回して乾かしていたり、下からライトのつくデスクの上で修正をしたりしていたり。
 隣の部屋では、吹き付けといって、スプレーで色を板に塗る係の坂口さんというおばちゃんがいた。
 ここが私にとっては最高に面白い場所だった。
 大きな換気扇のようなものが常に回っていて、その前で、エプロンが様々な色でこてこてになっている坂口さんがシューシューとやっている。もちろん手にも赤や青がついているし、時々はほっぺたについていることもあった。
 小さい私は、坂口さんはきっと、おなかのなかもあんな色が付いているに違いない、と想像した。

「あやちゃん、来てみ」

 トコトコついて行くと、どこで捕まえたのか、かなぶんをもっていた。
 当時、私の周りでは、かなぶんを「ぶんぶん」と呼んでいた。

「それどこにおったん」

「飛び込んできたんや」

「ブローチにしたろか」

「うん!」

 虫を愛護する気持ちに立てばひどい話なのだが、坂口さんはぶんぶんの背の羽に赤と青を塗った。羽を固められたぶんぶんは、飛べずに私の体をただただ動き回った。胸元につけたつもりが首筋にあがってきた。

「こそばい… こそばい」

 私はそれをとって窓から出そうとした。が、飛べないので床に落ちた。

「かわいそうやんか」

 喜んだくせに、私は今度は坂口さんを恨んだ。ぶんぶんは飛べなくてしんでしまうだろう。
 子どもは理不尽の塊だ。感情をくるくる変える。
「もう。坂口さんは、もう。あかんで、こんなんしたら。早よ働き」

 坂口さんも子どものような心のおばちゃんだった。

「せっかく可愛らしいブローチ作ったったのに」

 ちょっと寂しそうな顔をして、でも小さい子に「働き、働き」とお尻を押されて、笑っていた。


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