祖父は鉄板で囲まれた大きな輪の形の炉で、銘板をくるくる回して乾かしていたり、下からライトのつくデスクの上で修正をしたりしていたり。
隣の部屋では、吹き付けといって、スプレーで色を板に塗る係の坂口さんというおばちゃんがいた。
ここが私にとっては最高に面白い場所だった。
大きな換気扇のようなものが常に回っていて、その前で、エプロンが様々な色でこてこてになっている坂口さんがシューシューとやっている。もちろん手にも赤や青がついているし、時々はほっぺたについていることもあった。
小さい私は、坂口さんはきっと、おなかのなかもあんな色が付いているに違いない、と想像した。
「あやちゃん、来てみ」
トコトコついて行くと、どこで捕まえたのか、かなぶんをもっていた。
当時、私の周りでは、かなぶんを「ぶんぶん」と呼んでいた。
「それどこにおったん」
「飛び込んできたんや」
「ブローチにしたろか」
「うん!」
虫を愛護する気持ちに立てばひどい話なのだが、坂口さんはぶんぶんの背の羽に赤と青を塗った。羽を固められたぶんぶんは、飛べずに私の体をただただ動き回った。胸元につけたつもりが首筋にあがってきた。
「こそばい… こそばい」
私はそれをとって窓から出そうとした。が、飛べないので床に落ちた。
「かわいそうやんか」
喜んだくせに、私は今度は坂口さんを恨んだ。ぶんぶんは飛べなくてしんでしまうだろう。
子どもは理不尽の塊だ。感情をくるくる変える。
「もう。坂口さんは、もう。あかんで、こんなんしたら。早よ働き」
坂口さんも子どものような心のおばちゃんだった。
「せっかく可愛らしいブローチ作ったったのに」
ちょっと寂しそうな顔をして、でも小さい子に「働き、働き」とお尻を押されて、笑っていた。