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  • その4「白い蛇のいる家」

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⚫︎音の鳴る釜の不思議

 みいさんの神さんは、年に一度、護摩焚きにもやってきた。
 上田秋成の『雨月物語』に『吉備津の釜』という一編がある。
 まさにそれと同じように、釜をもってきて、湯をじゃんじゃん焚き、その上に胴の太い円柱のようなものをたてる。しばらくすると、その釜が「ボーーーーッ」という地の底から唸るように鳴り始める。
 この音が吉兆で、やがて火からはずしても鳴り続けるようになる。みいさんの神さんは、この音の鳴る釜を各部屋にもっていく。部屋によって、音は大きくなったり、小さくなったりする。科学的なことを言えば興ざめだが、今考えるに、湿度とか、そういうものが関係するのかもしれない。
 だが明らかに、音が変わるのである。
 『吉備津の釜』は、神様に報告しても音が鳴らなかった縁談が、やがて恐ろしい不幸を呼ぶ話だ。
 音が鳴らないことは不吉なのである。
 祖父母の家でも、一箇所だけ、音が鳴らない部屋があった。それはあの、浴室のそばにある小部屋だった。
 その部屋に入るなり、ことりと音が途絶えるのである。

「あきませんな。やっぱりこの部屋は」

 みいさんの神さんは、真面目な顔でそう言った。額に汗が滲んでいた。
 そして仏間に出ていくと、また釜は威勢良く鳴り始めた。
 両手で釜をもち、畳みを踏む白い足袋が踵を返す様が、脳裏に残っている。

 そこから何十年も経って、祖父が亡くなった後に、祖母はなぜかその部屋に寝床をつくった。
 私はなぜあんなに忌まわしいところで寝るのかと、おばあちゃんに何度も意見した。

「ベッドは楽やで」

 祖母はそう言った。確かに、仏間にベッドを置くのは気が引けたのかもしれない。ベッドというものは、ある意味万年床であるからだ。
 昔の人はそういう仏間への畏敬の念をもっていた。

 やがて、脳出血で倒れることになるまで、祖母はそこで寝ていた。
 もし、あの部屋で寝ていなかったら、と、私は今でもふっと考えることがある。

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