45人の黄色組は居心地の良いものではなかった。
20数人いる女子のなかで、一番の背の高いハシモトさんが、一大勢力をいきなり作ってしまった。なぜか10数人の女子が、彼女の言いなりになって遊んでいた。
ハシモトさんが「砂場で遊ぼう」というと、10数人の女子がぞろぞろとついていき「鬼ごっこをしよう」というと、またついていてく。
私は基本的に、外で遊ぶくらいならもっと絵本を読んでいたいし、歌をうたっていたかった。だから、別行動をとった。
「太陽に当たってはいけない」と言われている、ウエマツさんという女子がいた。そういう苗字だったかどうか定かではないのだが、確かにいた。
彼女は「ミセスの子ども服」でモデルをしていたキャロライン洋子みたいな可愛い顔をしていた。が、頰におびただしい数のほくろがあった。
ひょっとしたら、そういう病気だったのかもしれない。
「ウエマツさん、一緒に絵本を読も」
私がキンダーブックやひかりのくにをたくさんもってきて彼女の前に座ると、彼女は恥ずかしそうな、でも嬉しそうな笑顔になった。透明感のある黒い瞳がきらきらしていた。なぜか、彼女を見ていると、私はいつもすごく安らかな気持ちになった。
「一緒に遊んでくれるの。森さんはともだち?」
「うん。ともだち。仲良くしよ」
「なんで、ともだちになってくれるの」
彼女はちょっと不思議そうに微笑んで言った。
「キャロライン洋子みたいでかわいいから」
「誰それ」
「本に載ってる人やん」
「ほんとに」
もう一度、ウエマツさんは嬉しそうに笑った。黒いウエーブのある髪、濃い眉。黒目がちな瞳。頰のたくさんのほくろさえなければ、いや、あってもちっとも気にならない。そう思った。
私たちはただ黙ってそれぞれ絵本を読んでいるだけだったが、ともだちだった。
ある日、ハシモトさんの家来たちに、私は腕を引っ張られ、園庭に連れていかれた。
「なんでハシモトさんの家来にならへんの」
5歳のハシモトさんが腕組みして、斜めに私を見た。
「なんで言うこときかへんの」
わかりやすすぎる同調圧力だ。
私は言った。
「家来になるのは嫌やねん」
そんなことになるくらいなら、一人でもいい、と思った。
彼女たちがあきらめて行ってしまったので、一人で滑り台を2度ほどした。そこへ、「花より男子」ではないが、ちょっとイケメンな男の子の3人グループがやってきた。
「なんで一人で遊んでるの」
クラスで一番背が高くてかっこいいが、よく鼻血を出すヤスイくんが、聞いた。
「ハシモトさんの家来になるのは嫌やねん」
「なんやそれ」
彼らは顔を見合わせて、ハシモトさんのところへ行って言った。
「仲間はずれにしたらあかんで」
家来の前でイケメンたちに諭されて、ハシモトさんは「そんなんしてへんよ」と真っ赤な顔で言っていた。
その事件があってから、その家来たちも分散が始まった。
そして、休みがちだったウエマツさんは、ある日、幼稚園に来なくなった。
トリイ先生が言った。
「ウエマツさんは、遠いところへ行きました」
ウエマツさん、引っ越したんかな、と誰かが言った。でも私はなんとなく、彼女は引っ越したのではく、天国に行ったのではないかと思った。そしてその思いは今もさらに濃くなっている。
なぜかというと、あんなに清らかなやさしい天使のような気を纏った人に、その後、会ったことがないからだ。