そのうち、界隈に初めての洋食屋さんができた。
名前はサボテン。ここからはとんかつや、エビフライ、オムライスといったものが届けられた。
私はエビフライが大好物だったから、必ずエビフライを頼んだ。しかしここのエビフライの海老が、だんだん小さくなっていった。
衣で丈を伸ばしてあるのである。衣をはずすと、子どもの人差し指ほどの海老が出てきて、おいおい、と呆れた。
「こんなんしたら、あかんわなあ」
やがて味が落ちたと、サボテンからは出前を取らなくなってしまった。
あのだんだん海老が小さくなる経験は、いいようのない寂しさがあった。
その反動からか、私は今でも下までしっかり海老の身があるエビフライを食べると、今度はいいようのない安堵感に包まれる。
さっき神保町のキッチン南海でエビフライとクリームコロッケの盛り合わせを食べたら、税込850円でしっかりした海老が入っていた。
それだけで、もう今日はいい1日だったと思った。
あの頃の私に、これを食べさせてやりたかった。
しかし、店を出てマスクをすると、マスクのなかでキッチン南海の香りが充満してしまった。