餅というのは、またなんとも言えない美味しい香りがする。
千林商店街の駅前に一力という和菓子屋があった。
まだパッキングされた餅などなかった時代である。正月前には、皆、和菓子屋にお鏡餅を頼んだ。
いろんな大きさがあり、母方の祖父母の家は街工場であったから、かなり大きなものをいつも買った。
そして、それを鏡開きで割るのは、家長であり、社長である祖父の役目だった。
明治からある古い家だからというのもあったかもしれないが、餅はすぐ黴びた。
青カビがあっという間に餅のお尻に広がった。
しかも餅はすぐ硬くなった。
「もう割ってしまわな、食べられへんようなるぞ」
あまり硬くなると大変だと、祖父は8日を待たずに包丁を持ち出すこともあった。
それでもまな板の上の餅は相当切りづらそうだった。
丁寧に青カビを取り、小さくすると、それを祖母は大きな四角い蒸し器にふきんをしいて蒸した。
餅は、蒸すことでまたつきたての状態に再生する。
立ち上る湯気の香りはふくふくしい米の香りだった。
「うわー」
ふたをとると、蒸し器のなかのもちはとろとろふわふわと境目なく真っ白な雲のように広がっている。
祖母は熱々のその餅を一口大にちぎり、きな粉と砂糖と塩少々をまぜたボールのなかへ放り込んでいく。
子どもの私はそのきな粉を箸で絡めながら、ひとつ口に入れた。
ふわふわと柔らかく、焼いた餅より伸びる。
「喉つめなや」
祖母は言う。私は注意深く口のなかで味わい、飲み込む。
「お餅ってこんな美味しいねんや」
子どもの私は目を丸くした。
祖母は目を細めた。
そのきなこのお餅を食べると、お正月が終わった。
しんしんと寒さが深くなっていく真冬のなかの、一番あたたかい日だった。
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photo Keita Haginiwa
Hair&Make Takako Moteyama