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  • その18「文芸部のヘンな私たち」

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⚫︎『人形がね』の衝撃

 モリタマユミは、同じクラスだった。森、森田というあいうえお順で並ぶと後ろにいた。
 入学した時から、モリタマユミはその風貌から目立っていた。
 太いロットで巻いたようなものすごい癖っ毛で、左右後ろに髪の毛がキノコのように膨らんでいたのだった。校則に従って、その髪を鋤いてすっきりさせたりせず、耳下あたりで揃え、前髪はピンで止めていた。そしておでこの下の眉はいつも八の字で、何かに悩んでいるような表情を崩さなかった。
 彼女はクラスではまず人に話しかけることもなく、そんな顔で、しかも授業中も何か別のことを考えている様子だった。
 その証拠に先生に当てられると、怯えたように立ちあがり「もう一度言ってください。あの、質問を」などと言って失笑を買っていた。
 しかし文芸部では、彼女の視点や文章は注目すべきものがあった。
 入部した年の2学期の初め。秋の文化祭に向けて、私たちは「ぶんげい」という小冊子を作った。
 モリタマユミはその巻頭を飾る短編小説を書いた。『人形がね』というタイトルだった。
 『人形がね』は、亡くなった彼女の祖母へのオマージュだった。祖母の手作りの人形を「こんなものいらない」と突っぱねたことを、祖母の死後に後悔し続ける様子が描かれていた。
 短い話だったが、何かやるせない、胸ぐらを掴まれるような話だった。私はそれを読んだ時、完全にやられたと思った。こういうものは、私には書けない。すごいと思った。
 先輩たちも黙って顔を見合わせた。「うまい」と言ってあげたらいいのに、と私は思ったが、みんな負けず嫌いなのか、そうとも言わなかった。
 さだまさしにかぶれていた私は『三年坂』というグレープの解散コンサートのアルバムのライナーノーツに書かれていた、三年坂にまつわる逸話をもとに、小さな恋愛小説を書いた。清水寺に詣でる舞妓さんを見つめるだけの、書生さんの片想いの話だった。彼女は病んで、やがてそこを通らなくなる。それでもその坂で彼女の姿を待つ彼が、ある日、諦めるまでの話だった。

 「その人の塗りのぽっくりが、ことことと回っていた…」。冒頭から、顧問の上田みゆき先生のクレームがついた。

「石畳の上でぽっくりがどんな音をするか、ちゃんと聞いてきなさい。それにね、京都弁もね、舞妓さんたちの使う言葉というのがあるはず。そういうのを調べて書く」

「… はい」

 私は自分の書いたものが急につまらなく思えた。第一『人形がね』ほどの胸にくるインパクトがなかった。

 上田先生は、この小冊子を知り合いの先生が顧問をしている京都の桂高校の文芸部の人に読んでもらい、批評をもらおうと提案した。

「あなたたちは井の中の蛙ですからね」

 酷いことを言うなあと思ったが、その通りだった。

 批評は小冊子に書き込まれる形で、あっという間に返ってきた。
 ほとんどが酷評だった。いいことなどほとんど書いていなかった。私の『三年坂』も、ズタズタに書かれていた。表現が青くさい。描写が足りない。唐突に終わりすぎる。
 先輩たちの文章も誰一人褒めていなかった。
 唯一『人形がね』だけがほぼ賞賛されていたのだった。
 私は心のどこかで「さもありなん」と思っていた。先輩たちは「何がいいのかわからん」という顔だった。ハクミさんは「見せなきゃよかった」と呟き、高岡部長は美しい瞳を伏せて、ため息をついた。
 褒められているモリタマユミは誰よりも陰鬱な顔をしていた。
 上田先生だけがニコニコと笑って「批評してもらうというのは大切なことなのよ」と、言った。

「少しくらい褒めてくれてもいいのに」

 ハクミさんは、納得できないと言う感じでそう言った。
 中学生の文学少女たちは、えてして独りよがりなところがあった。

 教室から出て、私はモリタマユミに言った。

「モリタさんは才能があると思う。私も、感動したもん」

「才能なんてないのよ。みんな、騙されてるのよ」

 モリタマユミはそう言って自分を否定し続けた。

「そんなことないと思うよ。モリタさん、すごいよ」

「もう言わないで」

 そういえば、彼女はいつも標準語だった。

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