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  • その18「文芸部のヘンな私たち」

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●作家への憧れ

 褒められて伸びる人もいれば、褒められて縮む人もいるのである。
 おそらくモリタマユミは後者だった。それ以降、あまり書こうともしなかったが、部活の時間にだけはそこにいた。
 私は書くことにどんどんのめり込んでいった。小説の世界なら、なんでも書ける。私の書くものはすべからく暗かった。
 夢で見たことがモチーフになったり、ぼんやりと想像したことがストーリーになったりした。
 多分、太宰治の影響が強かった。
 そういう子がよく考えるように「死」に興味を持った。
 ある時『自殺誘惑人』という短編小説を書いた。
 死のうと思って線路に降りた「私」は、ホームの下に別の世界があることに気づき、そこから電車の車輪を眺めている。と、そのうちに、もう一人の自分の影が轢かれていき、私は私に戻る。あれは誰だったんだろう。あ、自殺誘惑人だったんだ、という話だった。
 モリタマユミはその小説を絶賛してくれた。

「すごい。森さん、これ、いいと思う」

 しかし、私は上田先生に職員室への出頭を命じられた。
 褒めてもらえるのかなと思って行くと、先生は青ざめたような恐い顔をしていた。

「あなた、どうしてこんなものを書いたの。危険思想です」

 先生は左の手のひらに右手の2本指をピタピタと叩きつけながら「いいですか」と、語り続けた。

「…」

 書いたことに理由なんてない。思いついたから、書いたまでだ。しかしすごい剣幕で上田先生に「生きること」の意味を説かれ、何も言えなくなってしまった。

 きょとん、と先生の顔をじっと見つめていると、やがて笑い出した。そしてこう言って私の肩を叩いた。

「ね、もっと明るいものを書きなさい」

 最後はそう言って返してくれた。

 芥川龍之介はもう一人の自分が向こうから歩いてくるのが見えた、と、何かで書いていた。
それは分裂病の症状だったらしいと今は理解できるが、私はそういうものを読んで、作家とはそうあるべき、だと思っていたのかもしれない。
 もう一人の自分など私には見えなかった。見えなかったから、書きたかったのだった。

●石舞台と茶色いおべんとう

 中2の時、もう誰も入部してこないだろうと思ったが、中1の新入部員が入ってきた。
 ハマダケイコさんだった。この人がまた、モリタマユミ以上に強いキャラクターだった。
 ほとんど喋ることがなく、おかっぱの下の黒い目をパチクリさせていた。

「どんな本が好き」
 上田先生のそんな質問にも「ええっと…」とニヤニヤしている。
 しかしある日、突然私は朝日新聞の投書欄に彼女の名前を見つけた。
 日頃のニヤニヤ、フワーっとした感じとは180度違う、バシッとした言葉使いだったが、うちの学校の人間だとわかる内容で、年齢と名前からして、彼女だとしか思えなかった。

「見たよ、ハマダさん! 朝日新聞。すごいやん」

 上田先生も見ていたようだった。しかし本人はやっぱりニヤニヤして、口の中でぶつぶつ言っているだけだった。
 一つ上の先輩たちは中3である。
 せっかく新入部員も入ったきたことだからと、夏休みに、上田先生が奈良への文学散歩を企画してくれた。そしてこともあろうか、モリタマユミも私も憧れていた日本史の林先生を案内人に頼んでくれたのだった。
 私は林先生の分もおべんとうを作ると張り切った。唐揚げや、こんにゃくの煮たのや、せめて卵のほうれん草巻きが彩くらいな、茶色いおべんとうを作った。
 確かその日は、文芸部以外の友人も来ていた気がする。
 私はただただ緊張して林先生の説明を聞いていた。先生の分のおべんとうも入っているポケッタブルという紺色のナイロンバッグがちょっと重たかった。

「これが石舞台です」

「舞台、って言うことは、この上で舞ったりしたんですか」

 私はその不思議な形の石に妙に惹かれた。時を遡り、奈良の飛鳥の時代から、この石はここにあるのだ。
 石はきっといろんなことを知っている。その上で演じた人たちのことも、それを見守った人たちのことも。
 1000年以上の時間を、動かずに見てきた石は、この先1000年もここにあるかもしれない。
 そうとしたら、私たちがここにいる一瞬は、なんて短いのだろう。

 お昼になり、ポケッタブルからおべんとうを差し出して林先生に渡す私を見て、上田先生とタカオカさん、ハクミさんがくすくす笑っていた。
 モリタマユミは、ものすごくいやらしい笑顔でこっちを見た。
 ハマダさんだけが、やっぱり遠くを見ていた。



https://www.facebook.com/aya.mori1

photo Keita Haginiwa
Hair&Make Takako Moteyama  

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