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  • その21「菊を愛でるひと」

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⚫︎菊の鉢の鎖

 秋の花といえば、ずっと近くにあったのが、菊の花だった。
 父方の祖父はそれを丹精した。1メートルほどにも育つ茎には添え木をし、15センチほどにも開く大輪の花の根元には針金の円を添えた。
 黄色、薄紫、白。大輪の菊が咲くと、祖父はまるで我が子のように嬉しそうにそれを自慢した。と言っても、祖父は口数の少ない人だった。
 ずっと知らされていなかったが、もともと日本人ではなかったからだった。
 16歳の時、日本へ来て、苦学をして夜間の大学まで卒業し、幸運にも大阪市の公務員になり、そこでの真面目な勤めが認められて国籍をもらった人だった。
 子どもの頃の私はそんな仔細を知らず、祖父がみんなのように大阪弁を話さないことが不思議だった。
 おじいちゃんはどこから来た人なのだろう。そう思っていた。
 しかし、感情の起伏が激しい父などと比べると、その穏やかさは不思議な安心感をくれていた。
 いつも黒く染めた髪をチックで七三に撫で付け、神戸から来るテーラーに作らせたスーツを着て、古書街を散歩するのを一番の楽しみにしていた。
 私たち長男一家が訪ねると、「来たか」と嬉しそうに迎えた。
 趣味はといえば「勉強」と答えた。そして、菊を丹精するのだけはえらく情熱を注いだ。
 ある時、そのうちのひと鉢だか、ふた鉢だかが、盗まれた。
 それ以後、祖父は鉢に鎖をつけた。一つだけ持っていかれないように、全部を繋いだ。
 私はそれを見て、初めて穏やかに笑っている祖父は誰より怖い人なのかもしれないと感じた。
 和歌山の漁師町に生まれ育った祖母は、そんな祖父のことを心底理解していた。

「何を言うても、思うようにしかしはりまへん」

 そう言って、眉を八の字にしながらも笑っていた。
 父方の祖父母の家は現在は北区となった豊崎というところにあり、私が小学生になった頃には株の売り買いがうまく行って、モータープールを経営していた。モータープールというのは関西でだけ通用する大阪英語で、駐車場のことである。
 祖父は定年後に社会保険労務士の資格を取って、さらに勤めていたが、このモータープールでの収益はそれにまさっていた。
 日本に来て、運良く生きてきたとはいえ、苦労は多かっただろう。しかし、祖父母の老後は裕福で穏やかだった。
 それを象徴するのが祖父が丹精する大輪の菊の花だったように思う。彼はそれを盗まれることが悔しすぎたのかもしれない。

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