その集まりには ケーキの焼ける香りやクリームに落とすバニラの香りが漂っていたが、時折誰かがつけ始めた香水の香りがした。
その日の香りは独特だった。花の匂いもすれば白檀のお香のようなニュアンスもあった。場にはそぐわない、強く残るようなクセのある香りだった。
しかもややつけすぎだったのだと思う。私は先生の顔をチラチラ見ていた。
「あら、SAMSALAね」
私の心配に反して、先生は嬉しそうに言った。サムサラ。なんやそれ、と私は思った。当の彼女はふくよかでパーっと明るさの漂う美人だったが、一瞬、困ったような顔をした。
「すみません、似合わないですよね、お教室には」
先生は作業の手を止めて言った。
「そんなことないわよ。おしゃれしてちょうだい。私も好きよ、SAMSALA」
「先生はきっとお似合いです」
彼女は恥ずかしそうにそう言った。この後デートなのかな、とみんなが思っていたに違いない。
「輪廻とか、永遠の再生とか、そういう意味があるのよね」
先生は香水にも詳しかった。香水に詳しいのは、大人の女だ。
フィジー、TABU、ミツコ。先生が語ると全て嗅いでみたくなった。
「SAMSALAの香りは斬新だわ」
先生がそう言うなら、最初はクセがあると思った香りも、これが大人の香りなんだと思えてきた。
でもその時の自分にはやっぱり似合わなかったろうと思う。
私は黒い細い鞘から捻り出すバニラの種の匂いがとても好きだった。しばらく指にも甘い香りがうつって、自分が可愛くなれたような錯覚があった。甘い匂いは自己満足の匂いだ。
「でも男性はどんな香りが好きなんでしょう。SAMSALAではないような気がします」
SAMSALAの彼女が言った。
「そうねえ。どんな香りが好きなんでしょうねえ」
みんなが黙ってしまった。おそらく自分にとっての「男性」を思い浮かべながら。