1980年代から90年代にかけて、香水も流行で変えるものというようなところがあった。
ケーキ教室での香り談義からほどなく SAMSALAも流行し、世の中が「石鹸のような香り」「花の香り」一辺倒ではなくなった。その人の体臭と混じり合うことや、トップ、セカンド、ラストという時間経過での香りの変化を気にする人が現れ始めた。
私たちの世代は、大人の階段を上り始める年齢と香水のブームが一致した。
毎年のように新しい香水が発売された時代でもあった。
ラルフ・ローレンのPolo、カルバン・クラインのETERNITY、クリスチャン・ディオールのPOISON、ランコムのTresor。
その時代の、目には見えないアイコンが香水だったのだと思う。
ラルフ・ローレンのPoloにはボタンダウンのオックスフォードのシャツやVネックのコットン・セーターが似合った。カルバン・クラインのETERNITYにはタイトスカートにハイヒール、肩のあるジャケットが似合った。クリスチャン・ディオールのPOISONにはボディコンのミニが、ランコムのTresorには胸元を開けたシルクのシャツが。
香水はまた、ファッションとも一体だった。
存在感のある複層的な香り。エネルギッシュで人が思いきり働いて思いきりお金を遣った時代の香り。
そういえば、ジュリアナ東京の1周年記念パーティーでTresorのサンプルをもらった記憶がある。
お立ち台の女性たちが汗と共に撒き散らす濃いフローラルの香り。
そこから女性たちが消えるのと同時に、その香水の流行も終わっていった。
大学時代、母親と選んだ香水は、エスティ・ローダーのWHITE LINENだった。美容部員さんに白い麻のシーツのイメージだと聞いた。
シトラス、ピーチから、スパイシーなフローラル、最後は上等な石鹸のようなシダー、アンバー、ホワイトムスクになるという香りだった。
トップノートの清潔感と、最後はちょっと色気があるようなところが気に入っていたけれど、それをつけていた時の恋人と別れてやめてしまった。
香水を変えるのは、そういう時なんだと悟った。
思い出したくないから。気持ちを変えたいから。新しい自分になりたいから。
流行に乗っただけのこともあるが、思えば失恋、就職、転職、結婚と大きな節目には香水を変えた。
社会の中の時の流れと、自分の中の時の流れと。その二つの時間軸は重なったり離れたりしながら、あるいは螺旋のように巻き付いたり、並行になったりしながら、刻一刻と進んでいく。
香りはそこの二つの流れを緩く繋いだり解いたりしながら、漂っている。
バニラとSAMSALAの甘やかな時間は、長い人生から見れば一瞬だったのに、心の底で馥郁とした空間をこしらえている。その時間をくれた人々の存在とともに。
香りは目には見えないけれど、時間と空間にさらなる一つの次元を与えて立ち上がらせる力があるように思う。
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Photo by Ari Hatsuzawa
Hair&make Junko Kishi
Styling Hitomi Ito