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  • その29「大阪の盆、東京の盆」

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⚫︎お墓参りに行くといいことがある

 東京へ来た第一の理由は、結婚だった。11年近くで終わった結婚生活であったが、そのうち8年は二世帯住宅に暮らした。もはや全て良い思い出で、それがなければ東京で楽しく働くことはできなかったのだから、感謝しかない。
 私は昭和30年大ラストの女であるから、まだまだ昭和的な「家」の制度を守ろうと必死だった。嫁いだ家は次男と次女の両親だったから、仏壇もなく、自由に暮らしていたが「たまには御墓参りに行きましょう」と提案したのは「嫁」である私だった。
 本家の墓は八王子にあるという。しかし遠くても行かねばならない、と私は頑なに主張した。「それぞれの不動産を売却して都内に二世帯住宅を建てる」「長男を産む」という大きな目標を叶えるためには、私はご先祖の力に縋るしかないと思っていたのだった。
 当時の夫は私の真っ当な願望を知ってか知らずか「一度は行っとくか」と渋々車を出してくれた。だが、義父母は大喜びだった。時節はお盆。車は渋滞に巻き込まれながらも霊園に着いた。
 ところが広大な霊園で、どの辺にその家の墓があるのか、しばらく探した。

「あったぞー」

 義父が「ここだここだ」と誘った。嬉しそうだった。しかし帰りは行きよりひどい渋滞だった。
 その翌年だったか翌々年だったかに、私たちは世田谷区に二世帯住宅を新築した。
 こんな良い家に恵まれたのは、お墓参りに行ったからだと思ったが、あんなに大変だったから、もう誰も行こうとは言わなかった。
 私はなんとなく申し訳ない気持ちでいた。お礼参りに行ったほうがいいんじゃないかと。お盆が来て、ふらふら近所へ買い物に出ると、八百屋さんで何か見慣れないものを売っていた。

「これはなんですか」

「おがら、です。迎え火にするんですよ」

「へえ」

 買って帰って、お義父さんに見せると「いいものを買ってきたね」と言った。
 2人で夕方、玄関の前で燃やした。
 お義母さんが「都会の真ん中で燃しちゃ怒られちゃうわよ」と言っていたが、お義父さんは聞こえないふりをした。
 黙ってライターでおがらを燃やしていた、その日のお義父さんの横顔を思い出せる。もうその家を出てきて20年近く経つが、幸せな時間をもらった。
 結局、お盆というのは、亡くなった人を思い出すだけではなく、今ここに家族と生きていることを確認し、感謝する時間なのかもしれないと思った。

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