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  • その30「10年後のベルリン」

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⚫︎オーダーの少ないベルリン出張

 それはVERYという雑誌で『VERY KANSAI』を連載していた頃だったと思う。
 1999年の秋、編集部に校了紙を見に行った日、私はデスクのOさんから声をかけられた。

「もりさん、ベルリン、行きませんか」

「えー。めっちゃくちゃ行きたいです」

 どうやら航空会社のタイアップだった。Fさんというベテランの旅ものフォトグラファーと私とで、行ってこいという。ところが4泊6日のうち、初日、現地に着くのは22時ぐらい。最終日は夕方まで取材できるというのが、とにかく正味3日間で、4ページをぎっしり埋めなくてはならない。

「ホテルもビジネスホテルみたいなとこしかついてないんで」

 Oさんは申し訳なさそうに言った。そしてこう付け加えた。

「僕、行ったことないからわからないんですけど、とりあえず長い板の上にビールを何杯も載せて運ぶ女の人とか、レストランにいると思うんで、それは押さえてきてください」

「は、はい…」

「あと。シュニッツェルかな。でかいわらじカツみたいなやつ」

「あはは。はい」

 すごくざっくりした指示だった。全く現地の想像がつかなかった。
 どうやら英語も通じないという。
 その後、別の出版社の編集者にベルリン在住だった人がいて、彼女にいろいろと教えてもらった。

「いい季節よ。楽しんできてね」

 私は初めて仕事をするFさんと、ベルリンに着いた。
 現地コーディネーターは現地日本人の女性が1人と、オラフさんという通訳兼運転手。女性は初日と2日目の、店舗の取材の交渉担当を引き受けてくれた。
 オラフさんは弁護士でタレントとして、当時日本でコメンテーターなどをしていたケント・ギルバートさんにそっくりなハンサムなドイツ人だった。身長は190センチはあった。
 見たことないほど鼻が高かった。キスが邪魔になる鼻ってこんな鼻なんだろうな、と、じっと見つめてしまった。

「よろしくお願いします。僕は大阪にいたことがありましてね」

 なんと驚いたことに、オラフさんは日本に留学経験があり、日本語がペラペラだった。
 コーディネーターの女性が「オラフがいれば大丈夫ですよ」と言っていた。でも、店の交渉などは彼女がいてくれて大いに助かった。
 Fさんと私は早く仕事を片付けておいしいものを食べたいという気持ちが一致していて、初日から飛ばしまくった。「この店がオシャレなんじゃない?」と私は勘のアンテナをビンビンに立てて飛び込んでいき、それはことごとく当たった。
 フートアップ、という圧縮ウールでできた洋服の店では「うちはTHE GINZAと取引がありますよ」などと言われて、ほっとしたりした。
 初日に押さえるべきものは押さえておこうということで、長い板にビールを何杯も載せて運ぶ女性の写真を撮ろうということになった。
 ところが、ビールの泡はすぐに消えてしまう。世界中でグルメ取材をしているFさんは、秘策を知っていた。

「塩。塩入れて、かき混ぜるんだよ」

 私たちは板の上に並んだ5つくらいのジョッキに塩を入れ、全員でかき混ぜた。もちろん、その後のビールはしょっぱくて飲むことはできなくなる。
 その様子を見て、現地の人たちは「やれやれ」という顔をしていた。
 グルメ取材というのは、かくも不自然なことをするのかと、私はちょっと飲めないビールに心が痛んだ。
 食事をして、日が暮れてからも、私たちは夜景を撮って回った。そのうちの1枚、プルシアンブルーにライトアップされたブランデンブルク門のシルエットが、誌面で大きく使われた。

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