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  • その32「きのこの王様」

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●京都祇園、もしくは大阪北新地

 大人になって、新聞社、放送局と会社員を5年するうちに、バブル経済の波の上に少し乗れた。
 まさか土地は転がさなかったものの、実家の商売も景気が良く、また会社も景気がよかった。スポーツ新聞の文化部は流石に経費でご飯を食べることなどできなかったけれど、先輩記者に連れられ、放送局の接待の御相伴に預かった。
 私はタダでご馳走を食べてはいけないと、精一杯愛想良く人の話を聞き、回した。女子大生タレント時代、ラジオで相槌や笑い声を練習したことが役立ったようだった。
 確かそんな時に、初めて松茸の土瓶蒸しを食べたのではないかと思う。

「土瓶蒸しでございます」

 供された器はあの漢方薬を煮出す土瓶よりかなり小さく、急須くらいの大きさだった。
 初めてである。どうして食べていいのかわからないで、しばらく周囲の人を見つめていた。

「最初はこうして出汁を飲むんや」

 先輩記者が土瓶の蓋を取り、そこに出汁を入れてすすった。
 蓋を開けるだけで、ふわりと松茸の香りが漂った。
 ひと口飲む。なんて上品な味だろう。おそらく鰹と昆布で引いた一番だしに、ちょっぴりの酒、薄口醤油。途中、少しすだちを絞ると、また違う味わいになる。

 裂いて入れられた小ぶりの松茸は、歯応えもしこしこと残り、鼻腔にその香りを送り込む。

「ほんで、くいっと酒を飲む」

 私は先輩記者が言うままに飲んだ。口の中の松茸の残り香に、日本酒がときめく。ああ、いいなあ、日本の味だなあと思った。

 それは家で食べる松茸ご飯や吸い物とはまた別物のような気がした。なんというか、土瓶蒸しは、食材に敬意を払う食べ方だと思った。
 しかしおそらく、同じように家で作っても、そんな感動はないだろう。部屋のしつらい、器、そこでそれを食べる縁のある人々。
 そう、それは、料理屋の料理なのだと思った。

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