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  • その33「もてなすしあわせ」

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●客人を支配せず、自由を与える

 その後、一人暮らしになった私は、2004年ごろからまた料理教室に通い始めるが、その時の話はとても思い出深いので、改めて書きたい。
 もう一つ、おもてなしを学んだのは、湘南のマダムたちからである。
 2010年から7年間、私は「BRISA」というwebマガジンの編集長を務めた。湘南、特に鎌倉、葉山、逗子といったあたりに住む著名な方々のインタビューや、そこに暮らす人たちのライフスタイルを取材させてもらった。
 そこで出会ったマダムたちのなかには、ここはどこだと思えるくらい、料理上手、もてなし上手な人たちがいた。
 実際に料理教室をやっていることもあり、潜入取材させてもらった。
 逗子にある家の大きなキッチンは、窓辺に大きなストウブ鍋が色とりどり並んでいた。そこはレシピを渡さないスタイルで、10人ほどの生徒が熱心に彼女の話でメモを取っていた。
 その日は白いカレーだった。持ち上げられないほど大きな石臼にカルダモンを入れ、石の棒で潰して皮を剥く。
 カルダモンの香りは高貴だ。白いカレーは、その香りの真ん中に辛さもちゃんと潜んでおり、奥行きを感じる美味しさだった。多くの人が黄色いカレー=辛いという認識を持っているのではないだろうか。白いカレー=辛い、という新しさは、心に心地よい汗をかかせてくれた。

「おもてなしに使うお皿はどういうふうに集めておられるのですか」と聞くと、マダムは言った。

「そうねえ、だいたい、いいな、と思ったら、在庫を全部買うの。最低10枚は買うわね。なるべくたくさんあった方が。割れることもあるしね」

 最初から割れることを前提にしているところがすごいと思った。お客様が割ったところで、おそらくこの人は眉間に皺を寄せることもなく「けがはなかったですか」と、微笑んでさっさと片付けるのだろう。
 彼女たちはおおらかであった。招いた客たちを支配することなく、むしろ自由を与える。それはもてなすことにとって、とても大事なことだと思う。部屋を汚されたらとか、器を割られたらとか、ビクビクしているうちはもてなしではないのだ。

●もてなすしあわせは上書きできる

 素敵なもてなし上手の人たちに出会っているうち、私ももてなすことが好きになった。とはいえ、まだまだ未熟ではあるし、我が家は大したスペースでもない。
 ただ「もてなすしあわせ」というものを今生で知ることができたのは大きなことだ。
 誰かをもてなすと決めた日から、少しずつ普段はしない場所の掃除をし、スリッパを洗い、あるいはカーテンなども洗う。
 献立を考え、スーパーをいくつかパトロールして、旬のものをチェックする。冷凍できるソースなどは、1週間くらい前から、作り始める。
 飲み物は持ってきてもらうと決めていて、うちの在庫をチェックし、お願いする種類などを確認する。
 前日は結構忙しい。掃除をし、グラスを洗い、使う食器も洗う。花をアレンジする。テーブルクロスを決め、アイロンをかける。
 当日は、朝からトイレや水回りなどを掃除し、お香をたく。ルームスプレーよりも、私はお香をたいて残る程度の香りが部屋にあるのが好きだ。香りが充満するという感じではなく、かすかにそこにいて迎えてくれる、というくらいの。
 午前中に、足りないものや生もの、頼んであってピックアップするものなど、買い物する。
 そして調理だ。集合時間を逆算して、デザートを作るときはデザートから。肉を焼いたり、野菜を切ったり。
 席を立つことを最小限にし、客人と一緒に食べられるようにする。
 メニューはしょっぱい、甘い、酸っぱい、スパイシー…等々、いろいろな味を組み立てる。生、茹でる、揚げる、焼く、蒸すなど、調理方法もなるべくバリエーションをつける。
 以前は自分がワインを飲みすぎて、出し忘れるメニューがあったりした。が、それは自分が後悔するだけなので、この頃は気をつけるようになった。あれもこれもと無駄な食材の買い物も減った。
 何より嬉しいのは、客人たちが気持ちをほぐして、自由に楽しんでくれる様子を見ることだ。酔っ払って寝てしまうのも、心を許してくれている証拠だと思う。
 その日のすべての景色が、何ものにも変え難い。
 「最後の晩餐」の絵を何度も何度も上書きしているような気持ちになるのである。


https://www.facebook.com/aya.mori1

Photo by Ari Hatsuzawa
Hair&make Junko Kishi
Styling Hitomi Ito

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