何をもって良い香りとするのか。世界中の人たちの住む環境や歴史によって、それは大きく違うのだろう。
方向感覚ならぬ、”芳香”感覚である。
例えばイスラム圏の人たちにとっては、香りは自らのフェロモンを増幅させる媚薬の意味も持つようだ。
以前、インドネシアのリゾート地をアテンドしていた知人が言っていた。
「イスラム圏で一夫多妻制が今も残る場所では『子どもを産む』ことはとても大事なので、妊娠しやすい体を作るために、さまざまな努力をするんです。妊活専用のエスティシャンもいるくらい。香水もその一つの要素です。だから、もともと媚薬的に使われていたお香をブレンドしたり、人工的にフェロモンに模したものを入れたり、すごい強い香りのものがあります」
その話を聞いた時は、へえ、そうなんだ、という感じだった。香水、オードトワレ、オーデコロン、といった香りの濃度の違いが頭の中によぎって、香水のもっと強い感じかなあというくらいの想像しかできなかった。
2013年のことだったか、私は従姉妹の結婚式でスペインに行くことになった。
哀しいかな、一介の物書きの私はなるべく安く航空チケットを取ることが慣わしになっている。
当時まだ多くの人がHISなどの旅行代理店へ出かけた時代であった。私は赤坂通りの店へ行き、スペイン行きのチケットを探してもらった。
「現在、マドリードへの直行便はありません。ヨーロッパ乗り継ぎですと、スカンジナビア航空か、エールフランスといったところですが… 。おすすめは、ドバイ乗り継ぎのエミレーツ航空ですね」
「エミレーツ?」
「最近、評判は良いですよ。乗り継ぎはトランジットが数時間あるのですが、ドバイ空港は新しくてものすごく広く、デューティーフリーもレストランもバーもたくさんあります。シャワーできるような場所もあるようですよ」
行ってみたことのない場所にはそそられる性もある。そのまま私はスカンジナビア航空より2万円ほど安いエミレーツ航空を選んだ。
パンフレットにあるエミレーツ航空のCAさんの写真は、赤い帽子から白いスカーフが垂れていた。チャドル、と言われるものらしい。イスラム教に従い、いつでも顔を隠せるようにということだろうか。
制服はベージュ。それは砂漠の砂の色をイメージしているのかなと想像した。さながら、赤は底を照らす灼熱の太陽だろうか。